
2026年1月末、東京・高円寺駅の高架下で古くから営む食堂の「タブチ」が移転のため閉店するとの噂があった。真相をたしかめたところ、その当時は正式な移転日が決まっていなかった。
あれから約3カ月、同店は3月末に閉店してすぐ近くの新店舗へと移った。4月3日からのプレオープンを経て、少しずつ以前のメニュー構成に戻りつつある。
新店舗を訪ねたところ、建物は新しくなったけど、私(佐藤)の知るタブチはまったく変わっていなかった。帰り際に「移転おめでとうございます」と伝えた瞬間のママさんの反応が深く心に残ったのだった。
・みんながいるから
タブチはママさんが公式Xを運用しており、かねてからその日の日替わりメニューや、急な営業時間変更を伝えていた。
1月当時、移転に関する情報は一切伝えられていなかったのだが、お店ファンの間で憶測が飛び交い、「1月いっぱいで……」だとか「3月下旬で……」などの情報が散見された。
それもひとえにお店が利用できなくなることの不安、ひいてはお店を思ってこその憶測だったのだろう。
4月に入って、移転したとの情報を確認していたがタイミングが合わず、プレオープンから約2週間を経た某日にようやく訪ねることができた。旧タブチ周辺もこの辺のように、小ぎれいになるのかな。
耐震補強の必要性から、改修工事しなければならないのはわかる。だが、以前の高架下のうらぶれた感じが私の親しんだ高円寺だ。
まだアジア雑貨の「元祖仲屋 むげん堂」がこの高架下にあった頃、しょっちょうこの通りに来たもんだ。東京に移り住む前、上京する度に来てたな。
しばらく歩くと赤い看板が見えてきた。赤地に黄色の文字で「ラーメン & カレー」、いつものタブチだ。看板はいつも通りだけど、お店の様子はいつもと違う。
シャッターが降りているところを初めて見た。このシャッターはもう上がることはないのだろう。
貼り紙にはこう書かれている。
「亡き主人がこの地で暖簾を掲げ37年。主人が旅立った後も、ここまで歩んでこれたのは皆様の「ごちそうさまでした」のおかげです。長きにわたるご愛顧に心より感謝申し上げます。
この度、お店を移転することになりました。移転先はここから50m、歩いて30秒です。これからも主人が残してくれたこの味を大切に、ママ1人、精一杯頑張ります。
新店舗は4月3日より試営業を開始します。皆様のご来店、お待ちしております。 店主」
控え目ながら心のこもったご挨拶。きっとママさんはこの地を離れがたかったに違いない。それでも新たな決意をもって、新店舗での営業に臨む様子が伝わってくる。
その新店舗は本当にすぐそこだった。高架下を突き抜ける道路を挟んだ向こう側にあるらしい。
あ! 赤地に黄色の文字の看板が見える。めちゃくちゃ近い。遠くへの移転ではなくてよかった。同じ高架下なのもいい。高架下にあってこそ、タブチだものな。
来ました、新タブチ! 新しいけど看板の雰囲気はそのままだ。同じ書体を使ったのかな? もしそうなら嬉しい。
よく見ると、横向きのこの看板は以前のものを移設したんだな。これもママさんのこだわりなのかも。常連さんも見慣れた看板で安心するよね。
サンプルケースもそのままだ。移転を経てタブチは帰ってきた。だから「お帰り」と言いたい。そんな新しいタブチはいつものタブチのままだった。だから「ただいま」とも言いたくなる。
こちらのお店の入口にも貼り紙がある。勝手が変わってママさんが不慣れであるがゆえに、提供メニューが限られているとのこと。そしてその結びにこうあった。
「一日も早く「いつものタブチ」を皆様にお届けできるよう、感謝を胸に一歩ずつ進んでまいります。
今後ともどうぞよろしくお願いします。 店主」
ママさんのペースでいいですよ。誰も急かしたりしないはずだから、少しずつ慣れて頂ければそれで良いと思います。
そんなわけで、私はいつもの牛丼とカレーのダブル盛り合わせ。いつものが1番馴染むよね。器もそのまま、調度品や備品は真新しいけど、私の視界に映るものはいつも通り。
ほんのり甘さを感じるカレーソース。近年はカレーもいろいろ進化しているけど、身体に染みた昭和の味に勝るものはない。
野性味を感じる牛丼の味も健在。「肉食ってる」って感じさせてくれるこの味が好きだ。私が20代ならきっと毎日のようにコレを求めたはず。
食事を終えて、以前と変わらずいつものように、新しい返却口に食器を下げるときに、私は一言、祝福の言葉を伝えた。
「移転おめでとうございます」
旧店舗の貼り紙を思えば、きっとママさんにとって良いことばかりではなかったはず。普段から1人で準備から片付けまでやってらっしゃって、険しい表情のときも少なくない。それでも、新しい門出をお祝いしたい気持ちだったから、そう伝えた。
すると、ママさんは満面の笑みで……
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
と仰った。その笑顔がとても眩しくて、私の脳裏に焼き付いた。ご主人との思い出の場所を離れる決断は容易ではなかったと想像できる。思い出の詰まったタブチ創業の店。近いとはいえ、そこを離れるのには覚悟が必要だっただろう。
それでもママさんは、ご主人の残した味を引き継ぐことを決めた。感謝を胸に一歩ずつ進むことを決めたのだ。だからこんなに眩しい笑顔を見せられるのだろう。不思議と私はママさんの笑顔に勇気づけられる想いがした。
お店の公式Xに、旧店舗の営業を終えた日の投稿がある。ママさんのお人柄と、そして謙虚な姿勢を感じられる文章なので、紹介させて頂きたい。
「37年間の感謝を込めて
この場所は私にとって、夫との「相愛・相扶・相思」、言葉にできないほどの大切な思い出が詰まった場所です
37年間の第一章をここで完結できるのは、皆様の支えがあったからです
寂しさを乗り越えて、笑顔で第二章を迎えたいと思います
ママはもう泣きません。みんながいるから」
37年間の感謝を込めて
この場所は私にとって、夫との「相愛・相扶・相思」、言葉にできないほどの大切な思い出が詰まった場所です
37年間の第一章をここで完結できるのは、皆様の支えがあったからです
寂しさを乗り越えて、笑顔で第二章を迎えたいと思います
ママはもう泣きません。みんながいるから pic.twitter.com/ZlWQkY1oG9— 【公式】高円寺タブチ(カレー&ラーメン) (@Koenji_TABUCHI) March 29, 2026
高円寺タブチの移転を心から祝福します。復活、おめでとう! 私はこれからもその「みんな」の1人として利用させて頂きます。
・今回訪問した店舗の情報
店名 タブチ
住所 東京都杉並区高円寺南3丁目67-1
時間 11:30~20:00
定休日 日曜日
参考リンク:x @Koenji_TABUCHI(タブチ公式)
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24
▼ママさんのペースで、少しずつやって頂きたいです
— 【公式】高円寺タブチ(カレー&ラーメン) (@Koenji_TABUCHI) April 13, 2026