梅干しって、すごい料理だ。


生前のじーちゃんが晩年に仕込んだ梅干しが、今も残っている。


祖父のスピリットが詰まった、羽鳥留男の集大成とも言える梅干しだ。


一方、私が去年漬けた2025年度版梅干し。私史上、最も出来が良かったやつ。


この2つを同時に食べる──という、禁断の食べ方を試してみたところ、自分で仕掛けておいて、自分でカルチャーショックを受けるという、セルフサプライズ的な事態に……!

・梅干し歴70年以上? じーちゃんの梅干し

梅干しは、人生の味がする。作り手のすべてがそのまま反映される、とてつもなく奥深い食べ物だ。


生前の祖父の年齢は90過ぎ。おそらく若くから梅干し作りに勤しんでいただろうから梅干し歴は軽く見積もっても70年以上。


じーちゃんの梅干しは、とにかく深い。本当に深い。そして広い。じーちゃんの懐のように深くて広い。


うま味という海の深海を、静かに漂っているような感覚。無音。静寂。シーンと静まり返った、凛とした味。


まるで寺で座禅を組んでいるかのような仏教的な崇高さと、熟練の風味。ある意味、悟りの味とでも言おうか。


つまり、じーちゃんの人生すべてが濃縮された味なのだ。本当に、食べたら「じーちゃん」の味がする。


・梅干し歴5年目、私の梅干し

かたや、梅干し歴5年目(通算4回目)の私の梅干し。自分で言うのは気恥ずかしいが、正直言って、かなり美味。


自分でもウマイと思うし、過去最高の出来だし、周囲の評価もいい。食のプロである寿司職人(親友)も絶賛していた。


だが……若い。


私は46歳、今年47になる。


それでもなお 「小学校にも入っていないんじゃないか?」 と思うくらいヤングな味がする。


じーちゃんの梅干しが深海なら、私の梅干しは夏の花火。


フレッシュでトロピカル。どこか果実感すらある、陽気で爽快な味なのだ。


じーちゃんが “瞑想系” なら、私は完全に “アッパー系”。


食べると楽しくなって、今すぐ踊り出したくなるような、実にラテン系の梅干しなのだ。


作り方は、ほぼ同じはずなのに。なんなら、じーちゃんから教わった製法そのまんま、つまりは直伝なのに、この違い。


ここまで方向性が分かれるとは思わなかった。


これだから、梅干しは面白い。



・祖父 vs 孫

で、記事タイトルにもある「禁断のミックス」である。


じーちゃんと私の梅干しを混ぜ、ペースト状にする。それを軽く握ったおにぎりの中へ……。さらに海苔をコンロで炙り、香ばしさをプラス。


これが、とんでもなかった。


完全に混ざりきるわけではない。だが、確実に一体化している。


例えるなら、ともえ投げの強化版。まるでプロレス技のような、通称・地獄車(じごくぐるま)。


私とじーちゃんが組み合って、地面をぐるぐる回っているような……そんなウルトラ大回転的な梅の味になっているのだ。


それはもう、「羽鳥家の味」としか言いようがない。


じーちゃんの人生と、私の人生が交差している、とてつもなく歴史を感じるマリアージュ。


深さと明るさ。


静と動。


瞑想とアッパー。


そのすべてを同時に味わえる、とんでもない一口だったのである。


そして確信した。


梅干しは、続ければ続けるほど美味く(上手く)なる。


生前のじーちゃんは毎年、「今年はうまくできた」「今年はダメだ」と言いながら、梅干し作りを “行事” ではなく “自分への挑戦” として続けていた感がある。


今、まったく同じことを私がやっている。今年はうまくできた。でも来年は、もっと……。さらなる高みへ。



・深みは、年を重ねるごとに増す

今年(2026年)の梅干しは、どんな味になるのか。去年より、もう少し深くなるのか。じーちゃんの域に、少しでも近づけるのか。


あと数ヶ月で梅が売り場にチラホラ出てくる。昨年の梅選びは間違い無かったので踏襲しつつ(和歌山産の南高梅 / 大玉)、さらなる「GO羽鳥流」を極めていきたい。


トロピカルに深みが加わったら鬼に金棒。きっと深みは、年を重ねるごとに増してくる気がする。


1歩でも前進したい。じーちゃん(の梅干し)がいなくても、私1人で「羽鳥家の梅干し」が作れるように。


執筆:GO羽鳥
Photo:RocketNews24