和歌山からロケットが飛ぶらしい。
──そんなニュースを知ったのは3月上旬のこと。2024年2月に成功した『H3ロケット』の打ち上げ映像を見て、世間的にも個人的にも 宇宙への期待が膨らんでいたさかなのことであった。
残念ながら有料チケットはとれなかったのだが、それでも打ち上げの瞬間をこの目で見てみたい!
期待に胸が膨らみ、気が付けば勢いだけで和歌山県串本町へと向けてバイクを走らせていた。
・日本初の民間企業ロケット
簡単に説明すると、今回発射を予定されていたロケットの名前は『カイロス』。ポケモンGOプレイヤーの多い当サイト読者にとっては親近感が湧きやすいかもしれない。
本来、カイロスの打ち上げは2024年3月9日(土)を予定されていた。しかし、海上警戒区域に船がいたためやむなく中断。延期の結果、3月13日(水)に変更となった経緯がある。
今回一番の見どころはカイロスを作っているのが『SPACE ONE(スペースワン)』という東京のベンチャー企業であるというところだろう。
先月発射成功したH3ロケットは、国立研究開発法人であるJAXA(宇宙航空研究開発機構)と三菱重工業が共同で製造・打ち上げをしており、国内では単独民間企業によるロケット打ち上げはまだ実績がない。
カイロスはその初号機で、これからの日本の宇宙事業の未来を背負ったプロジェクトというわけなのだ。
カイロスとスペースワンについて詳細を知りたい方は、より詳しく説明しているサイトもあるので検索してみて欲しい。
本記事は、現地で筆者が目撃した会場・打ち上げの瞬間の様子に絞ってお送りさせてもらおう。
・串本町にやってきた
筆者が串本町にやってきたのは、打ち上げ前日の夜。町内は “ロケットの打ち上げ” なんて非現実的な出来事の前日とは思えないほどに静まりかえっている。
急遽決まった再打ち上げ日程だし、なにより平日の夜だし、寂しさは感じるが仕方がないことかもしれない。
午前中は雨が降っていたからだろうか。よく見たら、運転しながらチラ見をするには勿体ないぐらいに星がキレイだ。
あぁ、意識していなかったけど 宇宙はずっとここにあるんだなぁ。
そんなことを考えながら愛車を走らせていると、道路の上にある電光掲示板(普段は「凍結注意」とか「交通安全週間」とか表示しているアレのことだ)にこんな文言を発見した。
「3/13串本町 ロケット打上げ 渋滞注意」
うぉぉぉぉっ、完全にSFの世界じゃんっ!!!!
一気に興奮した。
無機質で淡々とした自治体からのメッセージとして「ロケット」という単語が書かれているなんて、ここは本当に現実世界だろうか? 映画のセットじゃない??
それとも我々が気が付いていないだけで、実はこの3次元の世界は4次元の住人が見ている物語の一部だったりしない?? こんなこと考えてると「メタいな」って思われちゃったりしないっ!?!?!?
──まぁ実際には、明るいうちは人の動きもたくさんあって街も賑わっていたようで、付近の道の駅の駐車場は車内泊の車でいっぱいになっていたし、筆者が泊まった民宿も含め 近辺の宿泊施設はロケット見物客で埋まっていた模様。
おまけに町中にロケット応援ののぼりが立ったり関連グッズが販売されていたりして、よく見ればお祭り状態ではあったらしい。
・海とトルコの島
翌朝は海沿いに延びる国道42号線をバイクで走り、あらかじめ目星を付けていたスポットへと向かった。
カイロスの発射は午前11時1分12秒。出発したのは午前8時半だったが、再打ち上げに予定を合わせられる人が少なかったからか、渋滞もなくスムーズに現地入りすることができた。
筆者が目指したのは「紀伊大島」。
紀伊半島の南側に位置する小さな島で、橋で渡れる上 打ち上げのほぼ全貌を見られることから選んだ。(なお打ち上げ中止となった9日は駐車場が閉鎖されており、13日よりもアクセスが困難だったらしい)
紀伊大島では1890年にトルコの船『エルトゥールル号』の遭難事故があった関係から、トルコ記念館や犠牲者供養塔などがある異国色の強い地だ。
事故から130年以上が経過する現在でも交流が続いているのだそうで、5年に1度は慰霊祭も開かれているらしい。
白い石造りの樫野埼灯台も人気の観光名所なのだが、
打ち上げ前はこの通り、カメラを構えた見物客で埋まっていた。
灯台の内部では地元 串本古座高校の生徒によるライブ放送がおこなわれていたり、関係者と思われるカメラマンもいたりと、見学のベストスポットのひとつであるのは間違いなさそう。
筆者はというと、灯台からさらに海側のスペースに待機。
周囲の人々は期待と緊張にザワつきながらも、そこは関西の住民らしく、初めて会う人同士で世間話をする和やかな時が流れていた。
筆者の目の前でカメラを構えていたのは、偶然にもスペースワン社員の方。ロケットは海沿いの白い建物よりも右から発射予定とのことで、周囲の見物客は狙いを定めてカメラのピントを合わせて準備した。
海の向こうに串本の街と、そのさらに奥で紀伊半島の山々が連なる景色が美しい。よく晴れ渡り、絶好のロケット日和である。
ちなみに、隣には関西マダム2人がスタンバイ。
スペースワン社員と筆者も含めた数人が「飴ちゃんあげるわ」と、小さい巾着に入ったキャンディをもらうというハートウォーミングな関西の洗礼を受けた。
すげぇ、関西マダムの飴ちゃんって都市伝説じゃなかったんだ!
また筆者はチェアとパソコンを持ち込んでおり、本当は待ち時間を使って仕事をするつもりだったのだが……ソワソワしちゃってそれどころじゃないよね。
立ったり座ったりを繰り返し、海を見ては「うわぁ~」と独り言を言い、9日も紀伊大島に来たという関西マダムと話しては「前回はもっと人が多かったし、ここはテレビ局の中継基地があった」なんて情報を教えてもらいながら時間をつぶした。
・ロケットはどこ!?
発射の5分ほど前になると皆 海を見て、発射台がある方角へとくぎ付けに。
──そして、いよいよその時。一瞬の出来事だった。
フッと白い塊が飛び立つのが見えたと思ったら……
次の瞬間小さな光の粒がキラキラと飛び散るのが見え、数秒遅れて「ズゥゥン……」という音と振動が、耳と肌に届いた。
「えっ?」「なに?」「ロケットどこ行った?」「爆発した?」
理解が追いつかず、みんな口々に呟く。
ひょっとしてひょっとすると、このまま待てばロケットが顔を出すこともあるかもしれない。
わずかな希望を胸に見続けたが もちろんそんなハズはなく、一帯を白い煙が覆っていく様子が見えるばかり。
ここで思わず「怖い」と口に出てしまったが、きっとそう感じたのは筆者だけではなかっただろう。
YouTubeの中継を見ると 発射5秒後にエラーを検知して自爆したというロケットの破片が四散し、周囲の山へと落下して火災が起きていた。その様子と目の前の真っ白な煙がリンクし、思わず身震いがする。
発射場を作るスポットを選んだ条件として「半径1キロメートル圏内が恒常的に無人である」「発射点から南方に陸地や島しょが存在しない」があると聞いていたが、その理由を自分の目で見て理解してしまったような状況だ。
──幸いにも火はすぐに消し止められ、30分もする頃には平穏な海岸へと戻った。
しばらくはザワザワしていた見物客も、一人、また一人と見物客と帰っていく。こういうイベントの時って、待ち時間は無限にある気がするのに 終わったらあっという間なんだよね。
筆者はチェアに座って持ち込んだ菓子パンを食べることに。島から出るための唯一の橋が大混雑する事情もあったが、なによりも手足が震えて冷静に運転できる気がしなかったのだ。
「小心者」と言われれば間違いないが、だって、宇宙へ飛び立ったかもしれないロケットが爆発する様子を肉眼で目撃したら、そりゃ冷静でいられる方がおかしいってもんじゃないだろうか。
心強く感じたのは、スペースワンの社員の方が「組み立て台は無事だそうなので、ここからすぐまた頑張れます」と言っていたこと。
素人の筆者からは具体的な想像ができないが、後の記者会見でスペースワン豊田社長が話していたように、「すべては今後の挑戦の糧」。
おそらくロケットが初号機から問題なく仕事をまっとうする確率はとても低く、きっと数えきれないほどのトライアンドエラーを今までも、そしてこれからも続けて宇宙を目指すのだろう。
その第1歩目をこの目で見られたのだと思うと、今回の取材には非常に大きな価値があるはずだ。
・その後の串本町
時間が経って落ち着いてきても、いまだ何もせず直帰できる心境ではない。
なんとなく周辺をブラブラしているうち、気が付けば島内にあるトルコ記念館を見学し、
トルコ民芸品店でスカーフとお菓子を買っていた。
宇宙から地球へ。急にスケールダウンした気もするが、冷静に考えてみればトルコだって十分遠い。
ショッキングピンクと黄緑という いつもなら買わない派手な色だが、きっと今後、このスカーフを使うたびに紀伊大島とロケットのことを思い出すだろう。
なお 島から出た後の串本町は観光客で非常に賑わっており、道の駅では当たり前のようにレジスタッフから「今日はロケットですか?」と声をかけられた。
最初から最後までマジでSFマンガの世界観でたまらなかったよね。
参考リンク:スペースワン
執筆:高木はるか
Photo:RocketNews24.
▼紀伊大島には機材を積んだスペースワンの社用車も停まっていた。
▼有料見学場となっていた田原海水浴場、打ち上げから3時間後の様子。カメラクルーやスタッフが片づけをしていた。
▼同じく有料見学場となっていた旧浦神小学校。夕方に訪問したためほとんど人はいなかったが、実物の約8割のサイズ(全長14.5m)のカイロスのモニュメントが建っていた。
▼スペースワンの総合司令塔。帰る前に記念撮影をする人が多かった。
▼発射から数時間が経過した後も、串本の空にはヘリコプターが飛んでいた。