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【鉄道ファン必見】情報の宝庫!『レールウェイマップル 全国鉄道地図帳』で国鉄の廃線路を辿るロマン旅をしてみた

2022年5月24日

テーマがある旅って面白い。例えば好きな作品の舞台を巡る聖地巡礼や、美味しい物を探す食い倒れ旅とか、いいよな。

今回筆者が挑戦したのは廃線辿りの旅。つまり、かつて鉄道が走っていた場所を探しに行くという旅だ!

もちろん線路や駅は既に取り壊されている場所が多く、ひと目で鉄道遺構とわかる場所はほとんどない。それならどうやって見つけるかって言うと……鉄道に特化した地図帳、レールウェイマップルを使ったのだ!

・レールウェイマップル 全国鉄道地図帳

『レールウェイマップル 全国鉄道地図帳』は、昭文社が出版する全428ページ、フルカラーの地図帳だ。定価は税込3520円。

収録されている地図は、タイトル通り 鉄道路線を見るのに特化している。例えば日本一鉄道が密集している街、東京のページを見てみよう。

69ページには埼玉・東京・神奈川・千葉の地図が掲載されている。

もちろんこんな縮尺じゃ関東の鉄道は載せきれない。JRや新幹線などの主要な鉄道しか掲載がなく、多くの私鉄は省略されている。

このような鉄道密集地域には、より拡大した地図が用意されている。地図内で薄い赤色の枠に書かれている数字が 拡大地図のありかだ。


指示にしたがって82ページを開くと、赤枠で示されていた範囲を拡大した地図がある。

だが、まだ文字が小さくてゴチャゴチャしている。路線が多すぎるのだ。おそるべし東京の鉄道ジャングル


さらに拡大地図を見てみよう。赤枠の指示に従い87ページを開くと、

ようやく見やすい縮尺になった。

銀座線・新宿線・総武線など、すべての鉄道がわかりやすく色分けされている。鉄道に関する展示の情報や 写真撮影スポットなどの豆知識まで記載があり、情報の塊のような誌面だ。


──と、ここまでの説明を聞いても、読者の多くは「Googleマップの方が便利じゃん」「わざわざ紙の地図を買う意味ってなに?」と思っていることだろう。

その気持ちはわかる。Googleマップってマジで便利すぎる。地図界の革命だよな。


・真の価値は、たぶん廃線にある

レールウェイマップルには、1945年以降に存在したすべての鉄道の情報が掲載されている。

つまり、名称が変わった駅や路線に関しては旧名、廃線になってしまった路線に関しては線路や駅があった場所が載っているのだ。

過去の情報は薄いグレーで表記され、それぞれに現役時代のエピソードや廃止された背景などが書かれている。

すべてを自力で調べようと思ったら膨大な時間と手間が必要。それをたったの1冊で叶えてくれるのが、このレールウェイマップルなのである。


・今回は旧国鉄の廃線を旅します

前置きが長くなったが、ここからがようやく本題だ。今回の記事では、レールウェイマップルを使って廃線を辿る旅に出たいと思います!

全国に数えきれないほど存在する廃線。どこへ行こうか……悩んだところ、ひとつ条件を思いついた。


「そうだ、国鉄の遺構を見たい!!」


レールウェイマップルには索引がついている。国鉄に限定して廃線を探すのは簡単なのだ。


調べた結果、行きやすい場所に滋賀ー福井を結ぶ国鉄柳ヶ瀬線とJR北陸本線の廃線があることがわかった。

しかも、両方とも線路の跡が道路に転用されている。つまり車で線路跡を辿ることができるのだ!

今回走るエリアはこちら。滋賀県長浜市にある中之郷駅跡から福井県に向かって北上し、疋田(ひきだ)駅付近で現役路線と接続する。旅のゴールは、終点の敦賀港駅跡としよう。

画像提供:昭文社『レールウェイ マップル 全国鉄道地図帳101・119ページ』


ちなみに、全国地図で見ると赤枠部分にあたるぞ。


・中之郷駅の跡地

滋賀県長浜市にやってきた。


ここが旧国鉄中之郷駅跡。今回めぐる中では唯一ホームの原型を残していた。

駅名看板が残されている。

中之郷駅は1882年にできた駅。戦時中は多くの凱旋の人々を見送り、また戦火に倒れて無言の帰還をされた人を迎えた駅であるという。1964年に北陸線のルートが変更となり、その役目を終えた。


駅跡地は公園のような広場になっていて、記念碑が建てられていた。

敷地内に役目を終えた駅名の看板が落ちているのが寂しい。


元線路は舗装され、国道365号線として使われている。名残としてほぼまっすぐな道がずっと続いていた。

中之郷駅から5分ほど北上した場所。鉄道は急カーブを曲がれない。MAXでこれくらい緩やかなカーブなのだ。


・柳ヶ瀬駅の跡地

続いてやってきたのは、柳ヶ瀬駅。

といっても、中之郷駅と違って駅は跡形もなく、バス停があるのみ。


国道365号線沿いにはほとんど民家がないのだが、


1本奥に並行して通っている小道沿いには、小さな集落がある。

線路沿いに自宅を作る人がいなかったのだろう。元線路ならではの集落の発展の仕方と言えるな。


・雁ヶ谷駅跡と柳ヶ瀬トンネル

雁ヶ谷(かりがや)駅と柳ヶ瀬トンネルは、柳ヶ瀬駅から車で2分ほど北に進んだ場所にある。

残念ながら駅がどこにあったのかは全くわからなかったが、


柳ヶ瀬トンネルはなんと、現在も車道として利用されている。

近代化産業遺産に指定され、現役の中では日本で2番目に古いトンネルということだ。


幅員3.8メートル、全長1352メートル。出入り口に取り付けられた信号による交互通行で、大型車・自転車・歩行者は通行禁止だ。

あまりの細長さから、1928年には蒸気機関車の煤煙で3名が窒息死する事故が起きた。この事故をきっかけに新しいトンネルの計画が持ち上がり、現在の状態に繋がっているのだという。


実際に走行してみると、身をもってトンネルの長さを思い知らされた。

(画像は車内に設置したカメラで撮影した動画のキャプチャです)

走行中は出口の光が一切見えず、まっすぐに伸びる道をひたすら進むしかなかった。昼間だから耐えられるが、夜間の通行であれば心細さにブルブル震えていたことであろう。


・刀根駅跡と小刀根トンネル

柳ヶ瀬トンネルを出てすぐのところに、刀根(とね)駅と小刀根トンネルがある。

刀根駅跡地付近は、現在バス停として利用されている。


ここでも元線路である国道沿いには民家がなく、1本奥の小道に集落がある。


小刀根トンネルは 刀根駅跡から10分ほど進んだ場所に残されていた。

老朽化により一般車両の通行は禁止されている。


車を停めて徒歩で見に行く。トンネルへと続く橋のたたずまいに どことなく鉄道のオーラを感じる。


ジブリ作品に登場しそうな石造りのトンネルだ。前にすると迫力があり、まるで気圧が低くなった時のように耳がボワッとした気がした。

まるで世界中でこの場所だけ、時間の流れが違うみたいだ。1分1秒が濃く くっきりと縁取られながら流れているような感覚があり、背筋がゾクッとした。


トンネルの内部はレンガで作られている。天井には苔と蒸気機関車の煤(すす)が残されているではないか。

廃線から60年近くが経過しているはずだが、トンネル内は雨風の影響を受けにくいのだろう。


訪れたのは春の始め、3月中旬のこと。しかし出口の周りには雪が積もっていた。寒い地域なのだ。

ポチャン ポチャンと雫が落ちる音を聞きながら鳥肌が立っていくのを感じたが、原因は寒さだけではないはずだ。……なんだろう? この大きな感情のうねりは。

自分が生まれる前に走っていた蒸気機関車の力強い走りを想像し、目の前に広がる白い廃道を眺め、過ぎてしまった時間の重みに飲まれて涙が出そうになった。


・疋田駅跡

小刀根トンネルを抜け、疋田駅跡へ向かう。


正確な場所はわからないのだが、おそらくこの辺りだろう。

橋や道路は新しく作り直されているようで、駅の面影はない。バス停としても使われていないように見えた。

ふたつのトンネルの迫力とのギャップに拍子抜けをしたが、廃線巡りの大部分はきっとこんな感じなのだろう。土地は新しい歴史で塗り替えられていくものだ。


疋田駅より先は現役の路線。一旦廃線巡りはストップし、敦賀市街を目指して車を走らせることにした。


・敦賀港駅跡

福井県敦賀市内にやってきた。旅のゴール、敦賀港駅が待っている。


海沿いのエリアには、廃線となった線路がたくさん残されていた。現役時代はまさに「鉄道の街」だったのだろう。


駐車場に車を停め、敦賀港駅があった場所までゆっくりと歩いた。

港と駅は向かい合わせに建てられていたのだそうだ。

現在敦賀港駅があった場所はJRの管理地に、敦賀港があった場所は近海郵船株式会社が貨物輸送のために使用している。(ちなみに、貨物取扱量は全国有数の規模とのこと)


敦賀鉄道資料館で展示されていた 当時の港と駅を再現した模型だ。敦賀港・駅は写真の左上にある。

敦賀港駅が現役の時代、船による敦賀ーウラジオストク(ロシア)間の定期便が運航されていた。船の先は鉄道で、敦賀から北陸本線に、ウラジオストクからシベリア鉄道に接続。東京からベルリンまで移動する当時の最短ルートだったのだという。

東京とヨーロッパを繋いだこの経路は、外交を本格的に進め始めた日本にとって非常に重要な場所だったのだそうだ。


線路はここで途切れていた。

かつては国籍問わず多くの人で賑わっていたであろう敦賀港駅跡。筆者が訪れた日は人ひとりおらず、冷たい風が吹くばかりであった。ノスタルジックと言うにはあまりにも寂しい光景だ。


正直に言うと、鉄道や歴史に関する知識の乏しい筆者がちょっと見て回ったからといって、大きな知見を得られたわけではない。意味があるとすれば……やはりロマンなのだろう。

かつてここに駅があった。線路の跡を辿ってたどり着いた。それだけでも十分じゃないだろうか。

潮風の中で目を閉じると、聞こえないはずの人々の賑わい・足音が蘇ってくるような気がした。

【完】

記事中に掲載の地図は昭文社(発行元)の許諾を得て、異なる地図(レールウェイマップル全国鉄道地図帳101・119ページ)を繋ぎ合わせ、ルートを加筆した説明用の特別な地図です。市販地図とは異なる文字の切れやズレが生じておりますことをお断りいたします。また無断での地図の加工・転載は法令により禁じられています。

参考リンク:昭文社 全国鉄道地図帳
執筆:高木はるか
Photo:RocketNews24.

▼中之郷駅のホーム下

▼中之郷駅の詳細はこちら

▼柳ヶ瀬トンネルは平成20年に近代化産業遺産に指定されている

▼小刀根トンネルの詳細はこちら

▼敦賀港駅跡地付近には、当時の建物を再現した施設が建てられていた

▼敦賀市内、当時のままの姿を残すランプ小屋

▼ランプ小屋の中には、実際に使われていた石油ランプが展示されている

▼線路の切り替え装置

▼石油貯蔵庫として使われていた建物は『敦賀赤レンガ倉庫』という観光施設になっていた

▼敦賀鉄道資料館は、敦賀港駅の旧駅舎を再現した建物だ

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