これは、ある1人の人間が折り紙を折ることができず、心が折られるまでの物語である。最高にワクワクしない導入となってしまったが、どうか最後まで読んでほしい。特に「折り紙を折れないなんてことがあるのか」と思った方には、きっと一読の価値があるはずだ。
筆者も始めはそうやって高をくくっていた。しかしその結果、比類ない絶望に見舞われ、痛切なる無力感を覚えることとなった。この出来事を文字に起こすことは己の恥部をさらけ出すにも等しいが、多くの人に伝えておかねばならない。「心が折れるおりがみシリーズ」の恐ろしさを。
家でできる1人遊びのバリエーションを増やしたい。そんな思いで筆者がネットの海を漂っていたところ、たまたま目に入ったのが、株式会社トーヨーから発売されている「心が折れるおりがみシリーズ」という商品だった。
折り紙。誰もが子どもの頃に触れたことがあるであろう、クラシックな1人遊びだ。紙だけで遊べる気軽さが特徴的である。そしてトーヨーと言えば、誰もが1度は目にしたことがあるであろう「教育おりがみ」で有名な会社だ。60年にも渡ってブランドを守り、折り紙の楽しさを世に広めている。
しかし「心が折れるおりがみシリーズ」に関しては、どうやら事情が違うらしかった。同社の公式サイトを見るに、商品名通りの超高難易度・上級者向けの折り紙として販売されているようで、ドラゴンやユニコーン、ペガサスなどの変わり種のメンツがあらかじめモデルに設定されている。
気軽に遊べるものでもなければ、全く間口も広くない。「まさかトーヨーからこんなものが売られているとは」と思いつつ、一方で筆者の心はドラゴンに引き寄せられて止まらなかった。折り鶴はよく知っているが、折りドラゴンは初耳だったし、何より格好良すぎる。
というわけで、同商品をAmazonにて購入。価格は1409円と、通常の折り紙よりもかなり高い(2020年4月9日現在)。サイズも30cm四方と大きく、スペシャル感が漂っている。
封を開けてみると、中には里紙(炭)、カラぺラピス(カッパー)、上質折り紙(白、黒、ねずみ、茶)の6種類の紙が入っていた。好みに合わせて色や質を選べるようだ。
同封の完成図には精巧なドラゴンの姿が載っていて、こちらの心をくすぐってくる。いずれの紙を選んだにせよ、折っていけばゆくゆくはドラゴンが誕生するわけである。では、一体どのように折ればよいのか。
それについては当然ながら説明書きが用意されていたのだが……その説明が目に留まった瞬間、急速に肝が冷えていった。
30cm四方の紙3枚の表裏に渡り、文字とイラストが所狭しと並んでいる。膨大な工程が長く連なるさまに、間違えて折り紙付き人生ゲームを買ってしまったのかと思いかけた。
しれっと展開図も記載されていたが、折り目が入り組みすぎて、もはや万華鏡を覗き込んだ時のような様相を呈していた。すさまじい複雑さである。
それもそのはず、この「折りドラゴン」の総折工程は120にものぼり、制作時間の目安は1時間半以上。圧倒的だ。実際、圧倒されて言葉を失いかけている自分がいた。
だが、まだ心を折られるには至らなかった。いくら超難度とはいえ、実直に向き合っていけば糸口はつかめるはずである。
ちなみに筆者の手先の器用さは「下の下の下」に近いレベルで、学生時代も家庭科や技術の授業では高い居残り率を誇っていた。それでもやってみなければわからないと、この折り紙に挑む前はそう思っていたのだ。
いずれ出来上がるドラゴンの姿をいたいけに夢想しながら、制作に取り掛かった。折り紙の種類はゴージャス感のあるカラぺラピスを選んだ。
滑り出しは順調と言ってよかったと思う。折り始めて間もない段階では、紙を半分に折ったり、紙の内側を広げてつぶすように折ったりと、基礎的なテクニックばかりが求められた。
さして苦労することなく、10工程目を乗り越えて11工程目に到達。「この調子ならやれるのでは」と気分が盛り上がってくる。全工程の12分の1、山で言えば1合目以下にもかかわらずだ。
その慢心が仇となったのか、直後の13工程目において、自分の折ったものと説明のイラストを照合することが困難な状態に陥り、先へ進めなくなってしまった。急転直下である。早くも不器用さが炸裂した格好となった。
仕切り直すべく、今度は茶色の折り紙を手に取り、再び最初から折っていくことにした。1度くらいの挫折で滅入るわけにはいかない。まだ自分はやれる。そう己を鼓舞していたが、ここからが絶望の始まりだった。
先ほど挫折した13工程目までリカバリーを果たし、その壁を乗り越えて先へ進むことにも成功したものの、大いなる鬼門となったのは21工程目。
説明書きに「沈め折り(Open sink)」という見慣れない単語が登場し、動揺が走った。そもそも折り紙の説明に英語が絡んでくることにも驚いたが、さておきこの「沈め折り」については別紙に詳細な解説があった。
それによると、「沈め折り」には「Open sink(オープンシンク)」と「Closed sink(クローズドシンク)」という2種類の手法が存在し……
オープンシンクの方では、指定された部分を沈めるようにして折り、紙のヒダが開いた形になった状態を作ることが必要らしかった。加えて、そのためには一旦折り紙を広げる必要があることも解読できたのだが、そこに悪魔が潜んでいた。
どんな状態を目指せばよいかが頭ではわかっていても、なかなか思い通りに折ることができない。そして折り紙を広げて試行錯誤しているうちに、これまで作ってきた大量の折り目に惑わされ、ついには広げる前の元の状態さえ復元できなくなってしまうのだ。
まるで霧に包まれたような苦境の中、沈め折ることができないまま数十分が経過し、いつしか「おしゃれな広場にある前衛的なオブジェ」のようなものが出来上がっていた。ドラゴンでも何でもない。間違いなく失敗作だ。
諦めずに黒の折り紙を使って再起を図り、ぜいぜい息を切らしつつ鬼門に舞い戻る。
「今度こそ」と思うが、しかし結果は変わらなかった。
実直さなど微塵も役に立たなかった。同じように数十分の時間をいたずらに費やしただけで、「沈め折り」の糸口さえつかめなかった。
それでも愚直に努力をやめず、脇目も振らず壁にぶつかり続けていれば、突破口は見えていたのかもしれない。何かが変わっていたのかもしれない。だが自分は、脇目を振ってしまった。
なるべく見ないようにしていた「この先の工程」に、「沈め折り」が平然と何度も登場しているのを目にしてしまった。目にした瞬間、何かがボキリと折れる音がした。何かというか、心だった。
制作開始から3時間半。分をわきまえず背伸びをして時間をかけた結果が、やたら折り目のついた3枚の残骸だ。なぜ挑んでしまったのだろう。どうして好奇心だけで動いてしまったのだろう。辛い。悔しい。そう、悔しいのだ。
これまで続けてきたことがつまらない作業であったなら、こんな気持ちにはならない。つまらなさなど感じなかった。折り紙を折っていたあいだは、楽しかったのだ。何かを創る原始的な喜びを、この折り紙は再認識させてくれた。だからこそ、やり通せないのが悔しいのだ。
未練を引きずりながら、ふと公式サイトを見返してみると、「沈め折りと言う技法がドラゴンよりも難敵です!」との文言があった。煽るようなその文字列を受け、消し炭になっていたはずの筆者の心に、ほんの小さな火がともった。
残っている折り紙は3枚。いつか成長したあかつきには、この3枚でドラゴンを創ることができるだろうか。あるいはこれを読まれている方々の中で、「私ならやれる」という人が出てきてくれるだろうか。空飛ぶ龍の待つ遥か高みまで、人の努力が折り重なっていくことを願おう。
参照元:株式会社トーヨー「教育おりがみ」、「超難解折紙 ドラゴン」、Amazon
Report:西本大紀
Photo:Rocketnews24.