2019年6月5日、日本を代表するロックバンド「人間椅子」が通算21枚目となるオリジナルアルバム『新青年』をリリースした。それに先立って公開されたアルバムリード曲『無情のスキャット』のMVは、YouTubeでアルバム発売前にも関わらず50万再生に達している。
活動開始から30年、平成元年に始まったその歴史は令和元年を迎えて、今まさに最高潮。そんな彼らに最新作の制作舞台裏について尋ねた。
・磨きをかけて
私(佐藤)が初めてメンバーにインタビューしたのは、今から5年前の2013年のこと。活動25周年を迎え、17枚目のオリジナルアルバム『萬燈籠(まんどろ)』を出した直後に、初めてお会いした。あの当時のバンドの状態を「25年で今もっとも研ぎ澄まされた」と表現しているが、現在はさらに磨きがかかっている。
つまり、少なく見てもこの5年間、バンドの状態は最高でありながら、それに甘んじることなく、彼らは常にメンバー同士で切磋琢磨して、表現を磨き続けているのだ。一体どうやって、作品を作っているのだろうか? 今回はスタジオワークに関することを中心にお話を聞いた。
・言葉で魂を入れる
佐藤 「今回初回盤DVD にレコーディング風景とメンバー間インタビューが盛り込まれていたじゃないですか。今までそういうのなかったから新鮮だったし、とても嬉しかったです。こうやって作ってるのか! って思いましたね」
和嶋慎治(ギター・ボーカル)「ありがとうございます」
佐藤 「今日はそこからのお話を中心にお伺いしたかったんですけど、レコーディングする時って歌詞は決まってないんですか? メロディーラインに歌詞がのってなかったんですけど」
和嶋 「ええ、歌詞はあとですね」
佐藤 「え? 歌詞あとなんですか!? たとえば人間椅子といえば日本語詞で、その内容も文学的な内容や、文学作品に着想を得たものも少なくないと思います。時に和嶋さん・鈴木さんの郷里青森の言葉を使われることもありますけど、それもみんな後から歌詞をつけたんですか?」
鈴木研一(ベース・ボーカル) 「そこがねえ、和嶋くんのすごいところなんですよ。言葉の選び方が絶妙。うまいんですよねえ」
佐藤 「いわゆる曲先(曲を先に作る)ってやつですよね。ずっとそうなんですか?」
鈴木 「バンド始めた時からずっとそうですね。大体曲とメロディーが出来上がった後に、その楽曲のイメージを元に和嶋くんに歌詞を作ってもらうことが多いです」
和嶋 「あの~、なんていうか、音楽ってイメージの世界のものだと思うんですよね。それ自体はメッセージを持たないというか。歌詞を付けるっていうのは、 “達磨の目” を入れるようなものだと思ってますね」
佐藤 「命を吹き込む感じですか」
和嶋 「魂を入れるって感じですかね」
・生演奏へのこだわり
佐藤 「曲作りの段階で、かなり革命的な出来事があったみたいですが、ノブさん。出来事というか、テクノロジーが導入されたことがDVDでわかったんですけど(笑)」
ナカジマ(ドラム・ボーカル) 「そう(笑)、「GaregeBand」(iOSの楽曲制作アプリ)ね。今まで僕が曲を作る場合は、自分がギターを弾いてこういう感じってのを、和嶋くんと研ちゃん(鈴木)に伝えてたんだけど、どうしても弾ききれなかったりして時間がかかってたんだよ。GarageBandでその時間が圧倒的に早くなった!」
和嶋 「曲のイメージ共有は断然早くなった」
鈴木 「でもね、ちょっと困ることもあるんですよ」
佐藤 「それは?」
鈴木 「今までノブくんは、自分で弾くからそのリフの難しさや、しんどさをわかってもらえてたと思うけど、弾かずに伝えられるもんだから、演奏の難しさをわかってもらえなくて……。同じリフを延々弾き続けると疲れるんですよ」
佐藤 「思わぬ弊害ですね(笑) これで一気にデジタル化ですか?」
和嶋 「いや、練習は断片はカセットテープで録ったりします。テープの方が聞き返す時に操作が簡単な場合があるでしょ。デジタルで録るとかえって面倒くさい場合もあるし」
佐藤 「たしかに、タブレットやマウス操作って地味に手間取ることありますもんね」
和嶋 「それから作品を作るときは絶対に生演奏。サンプリング(データ化した音を繰り返すなど)は絶対しない。ロックバンドなんで、生演奏にはこだわってますから」
・制作モードが生み出すもの
佐藤 「スタジオに入るまでってみなさん、どんな感じで過ごしてるんですか? ザックリとしたスケジュール感を教えてもらえると」
鈴木 「曲作り期間に入ってからレコーディングが終了するまでに、大体4カ月くらい掛かりますかねえ。ツアー終わって最初の1カ月は遊んで、次の2カ月で曲を作る、作り続ける。とにかく数を作るように心がけているので、リフだけで500個くらい作りますかねえ」
佐藤 「500個! すごい数ですね!」
鈴木 「曲を形にしていく段階で、それらを掛け合せたり組み合わせたりして。まあ採用されるものは限られるけど、とにかく数はないとねえ」
佐藤 「ノブさんは、その4カ月の間、どうされていますか?」
ナカジマ 「俺の場合は、まず曲作り期間に入ると、ギター弾くことからだよね。自分のイメージしたものを形にするのはもちろんだけど、和嶋くんと研ちゃんに伝えないといけないから、より良く伝えられるように練習する。それから、その期間にドラムを叩いておかないと、休みすぎるのは良くないから、結構個人練習に入ってるかなあ」
佐藤 「和嶋さんはどうですか?」
和嶋 「僕は、ライブはアウトプットだと思ってるんですよ。曲作りはインプットが必要なので、ツアーで出し切ったら、今度は曲作りの元となるものを自分のなかで培っていかないといけないので、考える時間をつくるようにしますねえ。1人でキャンプ行ったりして」
佐藤 「そろってスタジオに入るまでの間は、それぞれのやり方で曲を作っていくんですね」
和嶋 「そうですね」
佐藤 「スタジオに入ると、どういった形でレコーディングは進行するんですか?」
和嶋 「最初の8日間でリズム録りをして、次の2週間で歌詞づくり。さっき話した、歌詞を作る工程はリズム録りのあとで設けてます。それで最後の2週間でダビングとトラックダウン(多重録音された曲をひとつにまとめる工程)ですかね。
今回は歌詞づくりに時間をかけられたんだよねえ。このくらい時間があるといい。いっつもギリギリだから」
鈴木 「そうなんだよね。ダビング前までは時間があったんだよ。結構余裕で最後まで行けるんじゃないの? って思ってたけど、やっぱりギリギリだったよね」
ナカジマ 「2曲増やしたからだよ」
佐藤 「2曲? どの曲とどの曲ですか?」
鈴木 「1曲目の『新青年まえがき』とボーナストラックの『地獄のご馳走』(※地獄のご馳走はCDのみに収録)ですよ。2曲足したから、スケジュールがカツカツになっちゃったけど、おかげで僕の曲(地獄のご馳走)が不死鳥のごとく復活したんですよ」
和嶋 「1曲目の『新青年まえがき』は、12曲出来上がった段階でなんか足りないと思ったんですよね。それで急きょ1曲書き足した形になって。まあ、でもおかげでこうアルバムを通して、全体が締まった感じになりましたよね」
佐藤 「こういう形で曲が増えることは、やはり30周年記念アルバムであることと何か関係
があるんですか?」
ナカジマ 「割と良くある(笑)、リズム録りの最終日に、聞いたことない曲を録ったことは、これまでに何回かあってね。でも、そういう曲がアルバムを象徴する作品になることは結構あるよね」
和嶋 「制作モードに入っているから出てくるんだと思うんですよ。いいものが」
鈴木 「いいように言ってるけど、多分和嶋くんは、『もう締め切り』って時になると、本気になるタイプだと思うんだよねえ(笑)」
和嶋 「あ、いや、制作モードになっている上に、締め切り効果でさらに集中力が増す! と思ってください。ハイ(笑)」
・最高到達点は……
とにかく、厳しい時間との戦いを制して『新青年』は発売開始となった。通算21枚目のオリジナルアルバムは、オリコンウィークリーチャートでバンド史上最高位となる14位を記録。タワレコ渋谷店で行われたレコ発イベントは、バンド初のソールドアウトとなった。
活動30年目にしてこれまでの記録のすべてを塗り替えるバンド、それが彼らである。華々しくデビューするバンドは、いくらでもいる。歳を重ねるごとに初期の輝きは失せ、過去の栄光を後生大事に携えて何とか歩むというケースが多いなか、彼らはまったく違う。常に新しい作品を作り続けて、過去の自分たちを乗り越え続け、そして「今」がいつも最高到達点なのだ。
30年にしてまだ伸びしろを感じさせるバンド、それが人間椅子である。その初々しさを感じる姿勢は紛れもなく “新青年” だ。
参考リンク:人間椅子公式サイト
取材協力:徳間ジャパン
執筆:佐藤英典
Photo:徳間ジャパン used with permission.