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【さらに大きく復活へ?】日本最大級のレトロゲーム博物館をめざして。修復作業の舞台裏を目撃した! Byクーロン黒沢

2018年7月30日

愛知県犬山市の「日本ゲーム博物館」といえば、骨董級のピンボールから巨大なレトロ体感ゲーム、いにしえのレトロビデオゲームが入場料だけで「フリープレイ」。遊び放題という、まさに夢のような博物館だった──。

館内には維持やメンテナンスがとりわけ難しい「大型筐体」がずらりと並び、まさに「ここでしかプレイできない」古代の名作ゲームが目白押し。雰囲気は80年代、90年代のゲーセンそのもの。レトロゲームに思い入れがある人も、当時を知らない若い世代も平等に楽しめる、レトロゲームの平等院と呼ぶべき聖地……だったのだが、2016年1月、惜しまれつつも休館。

経営難から廃業か……。と思いきや、実はスーパー・リニューアル・オープンに向け、壮大なレストア作業の真っ最中だった!

・地味な倉庫はお宝の山、山、ヤマッ!

その朝、私は岐阜県下の草深い田舎町にいた。この町のはずれにある大型倉庫が、リニューアルに向けて準備を進める日本ゲーム博物館のレストア拠点だ。

案内された建物に入ると、懐かしのビデオゲームや国宝級のレア筐体が、朝の満員電車さながらの集積度でギュウギュウに詰まってる!

写真ではいまいちスケール感が掴みにくいかもしれないが、ファインダーに収まるひとつひとつの筐体がとにかくデカい。セガの「F355チャレンジ」に至っては、それこそ軽自動車並みにデカい。

こうした大型筐体の保存には、広大な保管スペースはもとより、きめ細かいメンテナンスが必要だ。

心臓部となる基板はもとより、レバー等の可動部分、シートなど、みな現役時代に過酷な環境で酷使され、経年劣化でボロボロ。しかもそれら部品のほとんどが取り寄せ不可。資料すらない……という絶望的な理由から、コレクターの世界でも大型筐体を集める人はほとんどいない。

倉庫では、数名の専従スタッフが修復に励んでいる。手前の事務スペースでは、ハサミを持った二人の女性が、ある自転車体感ゲームの「サドル」を修復していた。

20〜30年前に活躍したレトロ筐体は、電子的な修復ばかりではなく、真っ白にすり減ったパネルを一から描き起こしたり、外装のレストア作業も重要な仕事だ。


「場所を取るし(メンテの)手間もかかる……。あえて手を出しにくい大型筐体を集めるのは、筐体を運ぶトラックも、倉庫も自前で用意できる僕に与えられた使命だと思ってますから」


と語るのは館長の辻哲朗さん。辻さんは愛知県を中心に運送・倉庫業を営む実業家としての顔も持つ。

もともと父親が趣味で始め、閑古鳥の鳴いていた「オルゴール博物館」を引き継ぎ、そこになんとなくピンボールを設置したのが現在に至るきっかけ。ピンボールに釣られ、集まったマニアから促されるようにして、ビデオゲームにも手を伸ばした。


「僕がリアルタイムに遊んだのは、インベーダーからゼビウス位までかなぁ……。だから最初、自分では何を集めていいのかさっぱり分からなかった」


思い立ったら蒸気機関車のように突っ走る辻さんは、それから3年の間にピンボール160台。アーケードゲーム150台あまりを一気に買いまくった。

現在は「量より質」をモットーにタイトルを厳選しているというが、当初は廃業したゲームセンターやコレクターから、求められるまま端から端まで買っていたという。

「今じゃお金を積んでもまず出てこないけど、集めだした頃はインベーダーの基盤なんて、オリジナルがごろごろ転がってましたよ」


・あえてイバラの道を行く!

そんな辻さんが注目したのが、かつてゲームセンターの主役を張っていた大型の体感筐体だった。置く場所がない、直しきれない──そんな理由で歴史的に貴重な作品が海外に流出し、一方では続々と廃棄されている。

だったら俺が買ってやる! と手を尽くして買い取ったとしても、それらがすんなり動作するとは限らない。長期間メンテもされず放置された大型筐体は、必ずどこかしら壊れているのだ。

普通はここでめげるところだが、もともと機械いじりが大好きだった辻さんは、お宝の再生にすっかりハマってしまった。


「初めはピンボールの修理から勉強しました。筐体を開けると電気コードの束がぎっしりで最初はギョッとするけど、初期のピンボールとかエレメカって、基本的にスイッチ、電磁石、リレー、豆電球。要素はほぼそれだけ。すごくシンプルなんです」


辻さんに言わせれば、トラブルの大半は長年使わなかったことによる接点不良。筐体はテスター片手にひとつひとつチェック、ポイントを肉盛りしたり、エナメル線を巻直したりするだけで、大概は復活するそうだ。


「しっかり修理すれば何年かは動いてくれます。ただ、使わず寝かしておくと腐ってくるから、常に動かしてないとだめ。朝イチでとりかかって、夕方修理を終えたゲームをプレイして、おいしいお酒を飲む。それが理想なんですけど」


日本のゲームは発売から10年も経つと、マニュアルも部品もほぼ手に入らなくなるが、インターネットを丹念に探すと、日本に無いはずのパーツがアメリカやヨーロッパで見つかったりもする。

近年のゲーム基盤はさすがに複雑で、修理に長期間かかるものも珍しくない。そのため博物館では、経験豊富な修理チームを抱えている。


「もちろん永久に保存できるとは思ってません。でも、自分が関わったことで5年でも10年でも寿命を伸ばすことができて、将来、自分みたいな人がまた僕のコレクションを引き継いで、さらに寿命を伸ばしていってくれればいいなと。そう思いながらやってます」


最初は辻さんが個人的に始めた博物館だが、貴重なコレクションを次の世代に引き継ぐべく法人化され、現在、コレクションは会社の所有物として管理されている。

数年後のリニューアルオープン目指し、現在は(動かしてないと壊れてしまうので)レストアの終わったゲーム筐体やピンボール、ジュークボックスの貸し出し業務を行いながら、新たなコレクションのレストアに追われる毎日だ。


「新しい博物館は場所を変えて、前の数倍の規模になります。これまでの経験で培った修理のノウハウはありますが、台数が多ければ壊れる率も比例するんで、そのぶん大変になりますけどね……」


一刻も早い再オープンを、心待ちにしています!

参考リンク:「遊べる」日本ゲーム博物館
Report : クーロン黒沢
Photo : Rocketnews24.

▼日本ゲーム博物館のレストア拠点。倉庫はここだけじゃない

▼修理に追われるスタッフ

▼補修パーツや修理器具の収まったラック

▼置き場所に困ったホストから入手したというF355チャレンジ

▼ぼろぼろになった大型筐体のサドルを補修する

▼ ボウリングゲームを試遊する館長

▼ボウリングゲームの内部。得点表示も機械式だ

▼摩擦でかすれ果てた空手道のパネルが

▼新品同様に復活! イチから描き起こしたもの

▼ 同じく新品同様に復元されたスクリーンパネル

▼あれに見えるは小学生のとき遊んだドライブゲーム。1プレイ30円の表示が!

▼ジャンル違い?のおみくじマシンまで!

▼ただ好きなだけじゃ、これだけの数は維持できない

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