歳をとると妙に昔のことを思い出す。オッサンになった私(佐藤)は最近、ふと若き日の思い出がよみがえることがある。自分にとってもかなりマレな経験についてお伝えするのが、このホントにあったスゴイ話である。
第1回は地元島根のバーで勤めていたときの話をしよう。まあ、バーというのが的確な言い方かどうかわからないのだが、そのお店はライブをやったりクラブイベントをやったりと、いろいろと催しの絶えないお店であった。そこで起きた、かなり激しいケンカの話だ。
・サーカスが街にやってきた!
ある年の夏のことだ。その夏はサーカスの興行が街に来ていた。郊外の施設の駐車場にテントが建ち、約1カ月間興行が行われていた。サーカス団がやって来ることは初めてではない。5~6年に1度の割合でやって来て、その期間中テントの周囲が動物臭であふれ返るのである。
・外国人客の多い店
私の勤めていたお店は、意外にも外国人の客が多かった。その当時、酒を飲みながら大音量で音楽を楽しめるお店がほかになかったため、週末ごとに外国人が大勢やってきて、フロアでは英語が飛び交っている。英語圏の客を中心に、お祭り騒ぎとなっていた。ある日のこと、ちょっと変わった外国人客が集団でやってきた。
・サーカスの動物使いチーム
その集団は母国語が入り混じっているようで、会話に英語だけでなく他の国の言葉も混じっていた。実はこの集団がサーカス団の動物使いチームだったのだ。聞けば、象使いもいればライオン使いもいるし、熊使いまでいたのである。象使いのタイ人兄弟は気さくで陽気、引き締まった身体はムエタイボクサーのよう。強いていえば、マイク・タイソンに似ている。兄弟そろってかなりガッチリ。
・イカつい面々
熊使いはロシア人。店に来たときにはすでに酔っ払っており、呂律(ろれつ)が回らないだけでなく、英語を解さないようでナニを話しているのかまったくわからない。ずんぐりむっくりとしており、筋肉の塊のようだ。そしてライオン使いはアメリカ人ではなかったかと記憶している。立ち振る舞いがエレガントな紳士。スキンヘッドで凄みがある。物腰が柔らかな分、余計にイカつい感じがした。総勢10名程度が集団でやってきたのだ。登場人物をわかり易くするために、以下にあだ名をつけることにする。
象使い兄:タイソン (マイク・タイソンに似ている)
象使い弟:小タイソン
熊使い:イワノフ (岩のようにずんぐりむっくり)
ライオン使い:ハゲ (禿げている)
ナゾの女性:ナンシー (ナニ使いか忘れた。あだ名に特に理由はない)
やってきた集団のなかで、取り分けタイソン・小タイソン・イワノフ・ハゲの4人は身体がデカかった。1人ひとりの体重は100キロ、もしかしたらそれ以上あるかもしれない。
・小タイソンとイワノフが小競り合い
この日は彼らのほかに客がなく、貸切状態。リクエストに応じて音楽をかけ、酒を飲みながら皆が楽しく過ごしていた。ところが、時間を経るに連れてイワノフの酔いが激しくなり、フロアでデタラメなダンスを始めた。周りにいる者にぶつかってもお構いなし。それを不快に思ったのか、小タイソンがイワノフをいじり始めた。最初は弟がからかっている程度だったのだが、イワノフが本気になり始め、2人はボクシングの真似事をし出した。
・静かに飲むハゲ
その頃、カウンターに立っていた私は、言うまでもなくビビり上がっていた。こんなヤツラがケンカを始めたら、手がつけられない。そのうち鎮まるだろうと思ってやり過ごすことに。
カウンターではハゲとナンシーが静かに酒を飲んでいる。ハゲいわく「見知らぬ街でウイスキーを傾けるときが、最高に安らぐ」。騒がしい周りの様子を気にせず、気の利いた冗談を飛ばしながら、ナンシーと談笑し気持ちよくグラスを傾けていた。きっと彼にとっては、1日で1番ぜい沢な時間だったのかもしれない。
・ハゲにケンカを止めるようにお願いしたら、さらに大変なことに!
後ろでボクシングをしていた2人は、一向に収まる気配がない。ふざけていたはずなのに、2人の目は色をなしている。さながら猛獣そのもののようだ。私の膝がガクガクと震え始め、いつ警察を呼ぶべきか、そのタイミングだけをうかがっているような状況だった。と、そこで妙案が浮かんだ。ハゲに止めてもらおう! 仲間ならうまく鎮めてくれるだろう。「お前ら、ほどほどにしておけ。もう1度乾杯しよう」とか何とか言って、スマートにまとめてくれる、そう思っていた。
その考えが完全に甘かった……。私の一言がケンカの火に油を注ぐことに。
・ハゲブチ切れ!!
私はハゲに、「仲間なら止めてくれないか」と言った。すると、彼は目を見開き、「俺が? 俺が止めるのか? ああ?」。ヤバイ、怒ってらっしゃる。怒らしてしまったらしい。理由はわからないが、とにかくカチン! と来てる……。俺、死ぬのかな……、ハゲに手刀で身体を貫かれて死ぬのかな、ズボッと貫かれて……(泣)。マジでおしっこチビりそうになった。
・一瞬で成敗
ハゲは静かにカウンター席から立ち上がると、殴り合いをする2人のところに近づいていった。そしてイワノフの襟元に手をかけると、片手でポーンとぶん投げてしまった! マジか、100キロ越えを片手かよ!? 次に小タイソンをつかむと、やはり片手でぶん投げてしまった!! そしてこう言う。
ハゲ「俺は静かに酒が飲みてえんだよ! ゴラァアアア!! おめえら俺の大切な時間を邪魔してんじゃねえええッ!」
私が悪い。止めてくれと言った私が完全に悪い。しかしその怒りの矛先は、小タイソンとイワノフに向いてしまったのだ。ごめん……。マジでみんなごめん。他に手が浮かばなかったんや。堪忍や……。
・今度はタイソンが激怒!!
2人をぶん投げたところで、場の空気は一瞬にして凍りついた。ほんの少しの間だったが、とても長い間、時間が止まっていたように感じれられた。その均衡を破ったのが、象使いの兄、つまりタイソンだ。タイソンは小タイソンよりも一回り身体がデカイ。ハゲに匹敵するレベル。目の前で小タイソンがぶん投げられて黙っている訳にはいかない。
タイソン「なぜ、俺の兄弟が痛い目を見なきゃなんねえんだ!」
と、ハゲに向かっていく。ダメだ! さらに激しいケンカになる。こりゃ、どっちか死ぬぞ。どっちか死んだら、私も警察に行くことになるな。事情聴取とかで明日の朝まで帰れないな。ケンカの原因は私のせいってことになるのかな……。ハゲに止めてくれなんて言わなきゃ良かった。チキショーッ!
タイソンがいきり立ったのを見て、小タイソンも参戦。にわかにライオン使い VS 象使いの構図が出来上がった。血で血を洗う、バトルロイヤルが開幕してしまうのか!? と思われた矢先、意外にあっさりと解決する。
・最強は誰だ?
カウンターにいたナンシーが立ち上がり、男たちの間に割って入って、
ナンシー「あんたたち、いい加減にしなさい。もう帰るわよ」
かくして、猛獣使いたちのケンカはこの女性の一声で収束した……。いかに屈強な猛獣使いでも女性には勝てないらしい……。
執筆:佐藤英典
イラスト:Rocketnews24.