ロケットニュース24

【コラム】「ハンズフリー通話はやめたほうがいいと思う」の巻

2015年3月29日

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便利な時代になったものだ。ひと昔前は携帯電話でさえ貴重な存在であり、移動中に通話をするなんて考えられなかった。さらに昔にさかのぼると、離れた相手との通信は、手紙や伝書鳩を使ったり、早馬を走らせたり、のろしを上げたりしていたのだ。……少々さかのぼり過ぎてしまったが、顔の見えない相手と会話できるなんて、今や当たり前になっていることだが、実はすごいことだ。

そんな便利な「通話」だが、さらなる便利……ハンズフリーでの通話が可能になってしまった現代。さすがにちょっと便利すぎやしないか? と感じるのは筆者(私)だけだろうか? 何事にも「基本スタイル」というものがあるはずだ。いくら便利とはいえ、その「形(かた)」を破ってしまうと、違和感だけでなく、場合によっては動揺を与えてしまうこともある。主に、見ている人に……。

・どうしてよいかわからない

先日のことだ。歩いていると、一人の中東系男性がこちらに向かってくる。彼は手ぶらで、そして内容はわからないが、ハッキリくっきりと、母国語で何かを喋っている。パッと見ただけではイヤホンが見えなかったので、「独り言かな⁉︎」と思ったが、その男性は次の瞬間、私と目が合うと……そのまま視線を外さず喋り続けている。「え⁉︎ 私に話してる⁉︎⁉︎」私は一瞬たじろいだ。

・絶対この人知らない

どう記憶を探っても、私はこの男性を知らない。しかし男性はとっても友好的な笑顔を私に向けながら喋っている。そしてその男性が目の前に迫った次の瞬間──、素通りした。「えええええええ‼︎」という気持ちとともに、「そりゃそうだ」という妙な安堵感に包まれた。そしてようやく、「ああ、ハンズフリー通話か……」と気がついたのだ。

・アホみたいな顔になっている自分に気づく

この時は外人さんであったが、ハンズフリー通話はなにも外国人に限った話ではない。日本人にもハンズフリー通話をしている人はちょこちょこと見かける。いずれにしても、もしかしたら私に話しかけているのかもしれない人に対し、冷たい視線は投じたくない。かといって私に話しかけている確証がない以上、非常に中途半端な笑みをたたえた表情になってしまうのだ。それがどんな情けない表情なのかは、鏡を見なくてもなんとなく想像はつく。

・見ている側の本音

ハンズフリー愛好家の皆様には大変恐縮なのだが、今からほんの少しだけ、見ている側の本音をお伝えさせていただきたい。ハンズフリー通話に対する一般的な感想は、もしかすると「笑顔で独りごとを言っているようで、ひどく滑稽(こっけい)にみえる」というものかもしれない……! もしかしたら……だ! 加えて、「見ず知らずの人がしゃべりながら自分の方に向かってきたらビックリダヨ!」という気持ちだと思うのだ。

・古きを温め

ハンズフリーはとても便利な機能だと思う。そしてこれが新時代のスタイルなのかもしれない。だが……! 便利ならいいってもんじゃないだろう……⁉︎「古き良き時代」という言葉があるように、昔ながらのスタイルには、「だからこそ」の良さや、趣(おもむき)、そして意味があるものだ。

電話ができたときから、片手がふさがるのは基本スタイル。通話中に一瞬両手を使いたいときは、肩と耳の間に電話機を挟む姿こそ、味わいがあるのだ。下手をすると首筋がつる、あの緊張感がいいのだ。そしてなにより片手ふさがりは、「私は電話中です」という言葉なきメッセージになるのである。

・新しきを知る

とはいえ、機能自体はとても優れたものであることは間違いない。足りないのは、趣と「通話中」を示すメッセージ性だ。この際、趣は度外視でいい。せめてメッセージ性だけはなんとかして補ってほしい。なので、「通話なう」「ハンズフリー中」「独りごとではありません」など、なんでもいいからどこか目立つ場所に書いておくなり、札を下げるなりしてほしい。それが、日本人の美徳、「心づかい」だ。新しい機能に馴染むには、まだまだ時間がかかりそうである。

執筆:DEBUNEKO
Photo:RocketNews24.

▼このハンズフリーは、メッセージ性充分なためセーフである。


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