この世の中には、宿の数だけホスピタリティがある。五つ星ホテルからに民宿に至るまで、「おもてなし」のスタイルは十人十色だ。「こんな至れり尽くせりは初めて!」という夢のような空間もあれば、「うん、なかなか。」と通常の満足感なものまで様々だ。それはさておき、私たちがどこかに『宿泊』するとき、たった一つ、最低限の願望というか、前提ともいえる気持ちがある。
それは、日常からの脱出である。人は旅をするとき、無意識にも “自宅以上の空間” を求めて『宿泊』するのである。それが普通だと思っていた。──あの時までは。先日私の訪れた宿は、その常識を大きく覆(くつがえ)すと同時に、私(筆者)に新たな楽しみと興奮を与えてくれたのである。
・スキーツアー
先日、新潟へスキー旅行へ行ったときのことである。シーズンも終盤に差し掛かった時期、突発的に大人数での予約のもと決行したバスツアーであった。値段もお手頃。前回、同じような価格・同じような条件のもとでのバスツアーの際は価格以上の満足感を得られたといって、今回も同じ要領で予約をしてくれた友人。話を聞いた初参加の私も、期待に胸を膨らませていた。
・暖炉は飾り
そしていざ、宿泊先に到着! 外観は洋風でレトロな趣。悪くはない。中には暖炉があって、薪をくべている。……ように見えたのだが、薪はかまどにつっこまれてるだけで、燃えてはいない。そしてあたりは一面石油の匂いがする。どうやら暖炉は飾り……というか、薪と一緒にタウンページも入っていたので、どうやら物置として使っているようだ。隣ではしっかり石油ストーブが稼働していた。暖かかった。
・常にニヒルな半笑いのオーナー
そして、早速受付。この宿のオーナーと見える、ワイシャツにセーター姿の品のあるオジサンが対応してくれたが、どことなく無愛想でよそ行きの笑顔がそこにはあった。ここから、想像もしなかったおもてなしの連続となる……!
・門限23時
エレベーターに乗り込んだ瞬間、視界に飛び込んできたのは門限23時の文字。「門限」という言葉にどこか懐かしい厳しさを感じたが、「防犯上の都合により」と書かれており、もっともなので、文句は言えない。
・ダイレクト洗面台
そして、部屋に入ると真っ先に視界に飛び込んできたのは、なぜか洗面台。そう、ダイレクト洗面台という監獄スタイルの部屋だったのだ。そして、暖房器具の温度調節つまみには、よく見るとビンのフタがネジで打ち込まれている……。ちなみに隣の部屋はタッパーのフタだった。
・温度調節機能の封鎖
それが一体何を意味しているのか……。そう、ストーブの温度調節ができないのである。(と、ストーブ本体にダイレクトにペンで書いてある)。スイッチは入れられるが、温度は一定……。しかし、到着した際に体が冷えていた我々には、部屋の温度は少々寒い温度だった。ニヒルなオーナーにそう告げると、「もしかしたらちゃんと点火していないのかもしれない」といって部屋まで確認にやってきた。
・まさかのセントラルヒーティング
すると、オーナーはニヒルな半笑いでこう述べた。「ちゃんとついてますね。システムで一括管理しているので、個別で温度を変えるのは無理なんです」。 ……しかし、そんなこと言っても寒いものは寒い。どうにかならないものか、無理を承知で相談するも、「システムで管理してるんでね。体感温度は関係ないんですよ」。さらにおじさんは続ける。「暑いと言って半袖になる人もいるくらいです」。
ぐぬぬ……‼︎ 正直、イラりとした。このおじさんは半笑いで一体何を言っているのだ。暑がる人もいる? そんなことは聞いていないのだ。むしろ寒がっている人間に対し、なんとも挑発的な発言である! わなわなとおじさんの顔を見つめると、おじさんは相変わらず半笑いのスタイルを崩さない。むしろその半笑いが「呆れ顔」に見える。思いもよらぬ塩対応に、我々は戦意を喪失した。
・すきま風
半笑いオーナーが去り、呆然とする私たちはあることに気がついた。すきま風である。どうもこのすきま風が暖房効果を弱めている気がする。窓に近づくと、実際に隙間が開いていたので、閉めようと手を伸ばすと……窓の鍵が壊れている。防犯の都合上門限23時なのに、窓の鍵は壊れていた。
・塗られた畳
なんとも腑に落ちない気分でうなだれると、うなだれた視線の先……畳が、よくよく見ると、真新しい井草色に塗られた挙句、剥げたと思われる様相を呈していた。私はこの辺りから、イライラがワクワクに変わり始めるのを感じた。あまりに想定外の出来事の連発に、「次はなんだ」という期待感が芽生えてしまったのである。そして、期待通り、お楽しみはまだまだ続く。畳の画像と続きは、次ページ(その2)へGOである!
Report:DEBUNEKO
Photo:RocketNews24.
【コラム】完全に自宅以下! 斬新な設備の老舗旅館での仰天エピソード / 門限23時・暖炉にタウンページ・暖房の温度調節にビンのフタなど(その2)
・シミだらけのせんべい布団
驚きの「おもてなし」の連発に、期待に胸躍る我々は、続いて押入れをオープン。すると……、キタキタ! せんべい布団! シミだらけのせんべい布団キタ‼︎ 枕もシミだらけッ! これにはもう、笑うしかなかった。しかしなぜか、隣の部屋は羽毛の掛け布団であった。隣の部屋のまさかのスイートルーム感に、若干の不公平さを感じつつも、もはやその違いすら一興と思うようになっていた。
・紙ナプキンは夜だけ
そして、なんだかんだいってもお楽しみの夕食。席に着くと、目の前には骨つきチキン(通称チキボン)のトマトソース煮込み! わあ、美味しそう! 手で掴むことを想定してか、料理は完全に冷めきっていた。そして、大人でも難易度の高いこの冷めたチキボン……。子供たちは案の定、口の周りも手もベッタベタである。おしぼりで拭こうとあたりを見渡すも……、「拭き取れる何か」がどこにも見当たらない。
当然のごとく、「すみません、何か手を拭くものを……」と厨房をのぞくと、奥からでてきたオバチャンは。「紙ナプキンは夜だけなんだけど……」と言って、渋々紙ナプキンを手渡してくれたのだが……? 今食べているのは夕食、すなわち「夜」ではないのか? 紙ナプキン、堂々ともらってよかったのではっ⁉︎ ──そんな無粋なギモンにはフタをした。
その後も、食べてるそばから片付けられたり、団欒(だんらん)もそこそこに追い出されるなどの手厚いもてなしを受け、我々は風呂に向かった。ツアープランには、特典として「アメニティ無料。ご希望の方はフロントへ」となっている。アメニティ無料とあるが、アメニティは普通無料ではないのか? というか、部屋に人数分置いてあるものだと思ってた。などなど色々と思うところはあるが、郷に入っては郷に従うべきなので、フロントへ。
・色んな種類のバスタオル
するとここでも、出迎えたオーナーの苦笑いが炸裂! なにやらブツクサ言っているが、もはや意味がよくわからない。とにかくなにかが不満なようで、ここでも渋々と、少し埃をかぶったアメニティ(歯ブラシと歯磨き粉入りの袋)をサービスしてくれた。
ちなみに、バスタオルは、貸し出し1枚300円で、薄手のバスタオルを貸し出してくれた。隣の部屋の学生風の男子のに貸し出されたのは、カラフルでやや厚手の素材だったが、私に手渡されたのは無地で薄手のものだった。私は隣の男子が少し羨ましかった。
・家族風呂
今回、我々は5家族での宿泊だったので、念のため、全員一斉に入浴できるのか(そこそこ広いのか)? とオーナーに質問したところ、愚問だったようでオーナーは再び半笑いで「大丈夫ですよ。皆さんで入れますから(笑)」と述べた。
ところがどっこい、いざ入ってみると、家族風呂サイズの浴槽に、シャワーは左右に2台ずつの計4台! どこからともなく聞こえた「お〜い、シャワー1個足んねーぞ〜(笑)」という声に、裸の我々は爆笑の渦に包まれた。これが団欒である! ちなみに一番印象に残っているのは、絶対に冷たいと思ったトイレ(もちろん共同)の便座が、思いもいらぬ温かさであったことだ。あの旅館で一番の温かさを感じた。
・微笑ましいやりとり
そして、朝ごはんは「ご飯」か「パン」か、どちらだろうと盛り上がった我々であったが、答えはロールパン3個。大人も子供も、多かろうが少なかろうが3個だった!
そして、日本人の性(さが)だろう、どうしても朝はご飯が欲しい客がいたようで、女将との微笑ましいやりとりも垣間見れた。
客:「ご飯ありませんか?」
女将:「ありません」
客:「昨日の残りでもいいから……」
女将:「ありません」
客:「本当にないですか⁉︎ 昨日炊いてたでしょう⁉︎」
女将:「ありません」
客:「本当に……⁉︎ 少しも⁉︎」
女将:「……」
──そんな珍問答を眺めつつ、我々は半笑いオーナーの旅館を後にした。正直いって、自宅以下の宿泊施設だった。けれど、これらの仰天エピソード連発のおかげで、旅の楽しみ……そして、一緒に旅行した家族同士の絆は一層深まった。なお、この旅館の客間に鎮座するちゃぶ台には、ポットはおろか湯のみ、お茶菓子などは一切配置されていなかったことに気づいたのは、帰りのバスのなかであった。
最後に、あらためてこの仰天旅館の素晴らしき設備を写真集でご紹介したい。ダイレクト洗面台への驚くべきフォローは次ページ(その3)へGOである!
Report:DEBUNEKO
Photo:RocketNews24.
【コラム】完全に自宅以下! 斬新な設備の老舗旅館での仰天エピソード / 門限23時・暖炉にタウンページ・暖房の温度調節にビンのフタなど(その3)
▼監獄スタイルの、『ダイレクト洗面台』
▼これは蛍光灯ではなく、スクリーンカーテンである! これで「仕切れ」とのことだと思うのだが、残念ながら肝心のヒモが付いていなくて使えなかった……!
▼隣の部屋(羽毛布団のスイートルーム)は、「そこにあった痕跡」のみ。
▼「スイッチしか入れられない」とペンで直書きの……
▼『温度調節不可能な暖房 ビンのフタver.』
▼『温度調節不可能な暖房 タッパーのフタver.』
▼『閉まらない窓』
▼『塗られた挙句剥げた畳』
▼鮮やかなエメラルドグリーンである。
執筆:DEBUNEKO
Photo:RocketNews24.