景勝地として知られる宮城県「松島」。多島美がすばらしく、京都の天橋立、広島の宮島と並んで “日本三景” とも呼ばれている。
遊覧船での観光が王道だが、橋をつたって徒歩で渡れる島もある。そのうちのひとつに “霊場” としての一面をもつ島があるのをご存じだろうか。
インドのアジャンター石窟寺院か、はたまた朽ちかけたアユタヤか。石の構造物が異世界のような雰囲気を生み出す「松島の別の顔」をご紹介したい。
・松島きってのパワースポット「雄島」
JR松島海岸駅からすぐ、松島海浜公園の海側にひっそりと入口がある。その名は雄島(おしま)。
観光客でにぎわう「瑞巌寺(ずいがんじ)」や「五大堂」も徒歩圏内だが、裏通りのようなちょっと静かなエリアだ。
島に入る前から石窟があり、独特の雰囲気に少し圧倒される。といっても不吉ないわれがあるような、いわゆるオカルト的なスポットではない。
最初にネタばらししてしまうと、雄島は諸国から集まった僧侶や巡礼者の修行の地であり、納骨の場でもあったらしい。
僧たちは死者の供養のために読経をしたり、石の卒塔婆(そとば)を立てたり、石仏を彫ったりして長い時間を過ごした。
なかには10年以上、俗世との縁を切って島ごもりをした高僧もいた。観光地化されたのは江戸時代以降で、かつては「奥州の高野」と呼ばれる霊地だったそう。
島へは一本の朱塗りの橋がかかっている。有名な京都の橋と同じ「渡月橋」という名前で、「悪縁を絶つ橋」とも言われている。現世との境界線の意味もあるんだろうな。
島内は散策路が整備され、右回り、左回りのルートがある。正式な作法はわからないのだが、観光としては右回りがおすすめ。理由は後述する。
・至るところにある石碑や石仏
さっそく見えてくるのは鳥居。「仏教の聖地なのに神社?」と思うが、江戸時代に遭難しかけた船が白ギツネに助けられたという逸話から、お稲荷さんが祀られている。
島内には至るところに石碑・石仏・五輪塔が並んでいる。散策路の脇、茂みのなか、崖の側面、本当にあっちにもこっちにもある。風雨で変色して文字がよく読めない古いものも。
仏教とは関係ない松尾芭蕉の「句碑」もあるのだが、多くは「板碑(いたび)」という供養塔の一種で、南北朝時代から室町時代ころに流行したのだそう。
すぐ近くの瑞巌寺にも「洞窟遺跡群」があるから、岩を掘って死者供養とする習慣は、この地方ではかなり盛んだったよう。
しかし現在見られるのはごく一部。かつては何十倍もの数があり、海に捨てられたものも多く、公園整備にあたって再配置したのだとか。
そしてたどり着くのが「松吟庵跡」という庵の跡地! 建物は現存しないけれど、壁面には数えきれないほどの石碑や法名が。
なんというか……人の “強い思い” のようなものを感じないだろうか?
筆者はまったく信心深いほうではないし、「あの世」の存在にも懐疑的だ。けれど、何かを一心に願う「人間のエネルギー」のようなものには驚嘆せずにはいられない。
「怖い」とか「不気味」とは違うが、つい無口になってしまうような独特の空気感がある。人智を超えた自然の絶景などと同じく、人が強い念を込めた場所もパワースポットになるに違いない。
散策路を進むと、島の先端に「妙覚庵跡」がある。12年もの長いあいだ、島にこもって修行をした高僧・見仏(けんぶつ)上人と、それにならって22年間の修行をした頼賢(らいけん)が住んだ場所。
「島ごもり」といっても高野山にこもるのとはワケが違う。雄島は早足なら1周5分ほどの小島。本当~に何もない。
景色もすぐに見飽きるだろうし、散策できる場所もないし、季節の花や野鳥を楽しめるような環境でもない。真に禁欲的な生活だったろうと思う。すさまじい。
さらに進むとクライマックス「奥の院」に到着する。木々に囲まれた、昼なお薄暗いうっそうとした場所で、現在は通り抜けのためのトンネルがぽっかりと口を開けている。
かつては「見仏堂」というお堂があり、前述の見仏上人が法華経60000部を読誦したとされる場所。
どれくらい時間がかかるのか計算しようとしてすぐにやめた。普通は法華経1部を通読するのに数時間かかり、各地で行われる徹夜の「不断読誦会」なども複数人で交代して行うものらしいからだ。
見仏上人は修行の末に霊力を得て、さまざまな奇跡を起こしたという。伝説化による多少の誇張もあるだろうが、驚異的な精神力だ。
トンネルを抜けると、最初の渡月橋に至る。生まれ変わって現世に戻ってきたような気持ちだ。最後にこの「奥の院」に行けるよう、右回りの散策をおすすめした次第。
・松島にこんな場所があるなんて
近世になって松島は「風光明媚な景勝地」の色合いが強くなったが、一説によると松尾芭蕉が「松島めっちゃきれい!」と諸国に紹介してしまったからだというおもしろい話も。
もちろん「表」松島と呼べる遊覧船観光や、参道の食べ歩き、伊達政宗ゆかりの地めぐりも楽しい。そこに雄島探索をぜひ加えてもらえたらと思う。
参考リンク:松島観光協会、松島町産業観光課、つながる湾プロジェクト
執筆:冨樫さや
Photo:RocketNews24.