
10月某日、私の元にJR東海から気になるメールが届いた。静岡県の久能山東照宮がJRと組んで、凄まじい計画を立てているらしいのだ。
なんでも東照宮ができてからの400年間、神職以外は誰も立ち入ることが許されなかった禁足地に、3日間限定かつ人数限定で一般人でも入れる機会を作るというのだ。
具体的には2024年12月14日と、2025年1月25日、そして3月2日を予定しているそう。その実施に先駆けてプレスツアーを行うというのである。そいつは、行くっきゃないだろ……!!
・久能山東照宮
ということで、やってきました久能山東照宮。私は2023年の『どうする家康』に関連した『どこ行く家康』キャンペーン以来である。
今回も案内してくださるのは久能山東照宮の齋藤曜さん。井上靖の熱狂的なファンだそう。
さて、禁足地に入れるというのはどういうことなのか? 詳しく聞くと、JR東海が新しく富士山にフォーカスしたキャンペーン「もれなく富士山」を始めたらしい。
その一角として、久能山東照宮ではこの機に、400年前の創建以来、ずっと禁足地だった境内から山頂までを、日数と人数限定で一般に公開する試みを行うというのだ。
詳しくは「もれなく富士山」のキャンペーンページを見ると良いだろう。
国宝の社殿を貸し切りにして昇殿し、参拝と精神修養を行った後、禁足地に入って山頂の愛宕神社までいく約3時間のツアーとなっている。特定の3日間のみ実施で、各日20人限定で1人7000円。
通常なら結婚式をしたり、5000円からの何らかの祈祷でしか昇殿できない。そこに御朱印と禁足地ツアーがセットになって7000円は破格……!
しかしこれは、思っている以上に凄い話だぞ……。久能山東照宮のある場所はかつて久能城だったが、家康が死んだ際に遺言に沿ってこの地に葬られ、二代目将軍秀忠の命で東照社(今の東照宮)の造営が行われた。
それ以来ずっと禁足地なので、このツアーに参加した場合、部外者としては400年ぶりの久能山登頂者になるわけである。
しかも完全に森となっている禁足地のエリアは、齋藤さんいわく今まで一度も発掘調査がされてないそう。久能城時代の遺構がそのまま人知れず残されているわけだ。
それ等も諸々目にしつつ、部外者は400年間誰もその実在を確認できていない、山頂にある愛宕神社に参拝可能。これはもう、伝説のツアーだろう。
・国宝
禁足地は言うまでもなく神聖なエリア。まずは社殿にて精神修養して心身を整えねばならぬ。ということで、国宝の社殿へ。
この内部については前回の記事で多く写真を掲載しているので、そちらを見ていただきたい。
江戸時代の最高峰の建築物は、生きているうちに1度は目にしておくべきだ。内部は時代ごとの修繕の様子が分かるよう、あえて特定の年代のままな箇所があるなど、その辺のストーリーもとても面白い。
恐るべきことに、ここで聞ける話はググっても出てこない情報ばかり。Googleは令和の神かもしれないが、東照大権現の神秘はGoogleの知すら及ばぬ高みにあるということだ。これが家康の威光か。
内部は全てが唯一無二。例えばこの石の間に敷かれた縁が赤い畳(繧繝縁・うんげんべり)だが、現代の畳とは構造が違い、職人がいないので再現不可能だという。
今回は新しく面白い話もいくつか聞けた。そのうちの1つを紹介しよう。社殿は総漆塗りで50年ごとに塗り替えている。前回の塗り替えは2006年に完了した。
つまり次は2056年ということになるが……実はすでに始まっているという。えっ、まだ30年もあるのに? 驚く我々を前に、嬉しそうにどこからともなく木の板を取り出した齋藤さん。
この板は久能山東照宮の社殿の漆塗りの構造を示したものらしい。見た感じ、30を超える層に分かれている。
裸の木の状態から、この板で言うと上から順に、異なる層で塗り分けられている……ということらしい。そして塗り替える際は、下から順にこの塗装を剥がしていくのだ。
恐ろしく気の遠くなる作業。30年も前から作業を開始するわけだ……! すでに開始されているのは、この剥がす行程。
私が行った時には、剥がした部分とそうでない部分の境目が社殿の正面向かって右手側の床にあり、外からでも見えるようになっていた。色が濃い方が剥がした部分だ。
明らかに色が違うので、すぐにわかる。直近で行く予定の方はぜひ外からでも探してみると面白いだろう。
・禁足地
こうして精神修養を終えたら、建物の裏からいよいよ禁足地へ。
これが400年ぶりに明かされし久能山の森……!
わりと生々しく整備中なのが見て取れる。聞くと、山頂までの道は毎年1月24日に末社愛宕神社例祭が開かれたりするため、それなりに使用されていた。
しかし山の木々は400年間手付かずだったらしく、いよいよ建物に危険を及ぼしかねない勢いになっていたという。そこで本当に倒れそうなものや、危ないものだけを伐採し、安全を確保することにしたそう。
現在はまだ絶賛整備中のようなのだが、ある程度整えば、一度一般の方を入れて、久能山東照宮のことを良く知ってもらう機会とするのも良いのではないか……という感じらしい。
さて、上の禁足地に1歩入った場所からの写真だが、ここですでにだいぶ貴重な、世間には知られていないものが3つ写っている。
1つはこの階段だ……!
こちら久能城時代からの階段だそう。城だった頃に武将たちが通っていたのはここだという。
もう1つはこちら。久能城の堀だ……!
久能城に関する遺構は日本平ロープウェイの建設などで失われた部分も少なくなく、そんなに残っていないと考えられている。しかし東照宮の社殿周辺から山頂までの西側のエリアは手付かずだ。
そういうわけで城の遺構も所々でそのままになっている。山頂までの道中では、恐らく曲輪(くるわ)や土塁、堀切などではないかと思しき形状の地形を見ることができる。
古城マニアや研究者にはたまらないだろう。わかりやすい石垣が遠くにチラ見えしている場所もある。
なお、発掘されたことは1度も無いらしい。ここは7世紀ごろからの歴史があるため、掘った際の可能性は計り知れない。
最後は写真中央奥の階段の向こうにある鳥居と、その先の祠だ……!
久能山東照宮の神は家康。では禁足地にひっそりとあるこちらは何なのか? まだ山頂ではないので、もちろん愛宕神社ではない。
その正体は、久能城よりも前、推古天皇の頃に久能寺を建立した久能忠仁を祀ったものだ……! 久能山の名前の由来でもある人物。この祠は存在すら公表していないという。
今皆さんは、ここまでわりと凄いものを目にしている。こんなフザけたネタ系メディアで公開していいものか、撮った私も逡巡があった。
周辺には、損壊したこのようなものがいくつか置かれていた。久能山東照宮に使用されている石は伊豆石という。採掘できず入手困難だそうで、壊れたものでもとってあるそう。
途中の木々も、完全に野生のものの他に、規則性をもって植えられたように見えるものがあった。恐らく城だった頃に意図をもって植えたのではないかという話だった。
言ってしまえばただの山道なのだが、考古学的なロマンが凄まじい。ここは山全体が遺構のようなもの。いたる所に気になる地形が目につく。
そしてついに至った山頂の愛宕神社! 日本で最も訪れられない神社のうちの1つで間違いない。まさかここに来れるとは……!!
せっかくなので、特別な御朱印を撮影しておいた。
聞くところによると、山頂の愛宕神社は富士山を背に建てられているらしい。GoogleMapで見ると山頂の先は崖で、そのさらに先は確かに富士山だ。
久能山東照宮から富士山は見えないが、なぜ富士山が絡んだキャンペーンに参画しているのか? それは、この山頂の愛宕神社を正面に拝んだ先に富士山があるから……! 直接は見えないが、先には確実にあるわけだ。心の目で遥拝しよう。
この400年間、一般人には知る由もなかった事実である。なんせ関係者以外は誰もこの愛宕神社に来れなかったのだから。
なお久能山東照宮と富士山、そして日光東照宮は一直線上にあり、東照宮の社殿も富士山を背にするような角度で建っているそう。色々と富士山との関連を匂わせる久能山東照宮。
聞けば聞くほど興味深い点が出てくるが、今回はこの辺で。JR東海と久能山東照宮がタッグを組んで仕掛ける次の一手。これは凄まじいプランだ。
なんせ400年来だからな。道中であまりにも気になる遺構が多すぎて質問ばかりしてしまった。いちおう「もれなく富士山」ということで、テーマの軸は富士山なのだが、古城とか遺跡とかが大好きな人ほどめちゃくちゃ熱くなれるプランだと思う。
山頂まで以前よりだいぶ整備して歩きやすくなっているそうだが、それでも普通に登山なので、最低限の体力と健康な足腰が必要な点に留意を。
参考リンク:もれなく富士山、久能山東照宮
執筆・撮影:江川資具
Photo:久能山東照宮 ※社殿および禁足地内部は特別な許可を得て撮影
[ この記事の英語版はこちら / Read in English ]
▼愛宕神社前で取り出した御朱印は、禁足地に入る前の精神修養で貰える特別仕様。向こうが透けるぞ。
▼久能山東照宮の石は伊豆石だが、近年に修繕した部分は一部違う石が使われているそう。この辺も伊豆石と別の石が混ざっているらしい。
▼実はロープウェイを久能山駅から降りてすぐ左手の、駅から見える御神木の先が禁足地。そしてこの石垣は久能城二の丸のもの。
▼ロープウェイになぜ鉄道むすめが!? よく見ると静岡鉄道とある。そういうことか。久能あいらさんはデビュー2周年とのこと。
江川資具
























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