「日本一ウマイ駅そば」と呼ばれる店をあなたはご存知だろうか。以前の記事で、私(中澤)は、蒸気機関車が走っている時代からそんな呼び声があるという『常盤軒』を取材した。

北海道の音威子府駅にあるこの立ち食いそば屋。旭川から約2時間北上するという鬼みたいな田舎だったが、そばが出てきた瞬間、その道のりも報われた気がした。黒光りする暗黒麺は田舎そばが白く感じるレベル。こんなに黒いそば初めて見た!

そんな秘境のそばが東京で食べられるという。なんと、四ツ谷三丁目に音威子府そばを出す店がオープンしたのだ! これってガチなの? というわけで、音威子府そばを実食した私が行ってみた。

・幻のそば

現在では、通販が行われている音威子府そば。しかし、調理してメニューとして出している「音威子府そばのそば屋」は非常に少ない。私が現地を訪れた際は、音威子府にも常盤軒含め2軒くらいしかなかったと思う。そもそも、音威子府が北海道で1番小さい村だし。

店も少ない。行くのも難易度が高い。まさに幻とはこのそばのことだ。そんなそばの名を冠し、2019年10月1日にオープンしたのが『音威子府TOKYO』である。

・入店してみた

いまだかつてここまで音威子府そばをゴリ推ししている店があっただろうか? このそばのために北海道の秘境まで行っている私としては、同志を見つけたような気分である。たのもー

中は、カウンター席がメインでちょっとした座敷もある小料理屋のような雰囲気。8席くらいあるカウンターの1席に腰かけると、目の前に小さなメニュー板が置かれていた。

そばは「黒」と「白」の2種類に分かれており、それぞれ「ざる蕎麦(税抜き880円)」と「たぬき蕎麦(税抜き980円)」とセットがある。白は更科そば。そして、黒は言うまでもなく音威子府そばだ

・本場で食べたメニューに近いものを

今回はここの音威子府そばがどれだけガチかを調べる目的もあるため、注文も『常盤軒』でそばを食べた時の環境に少しでも近づけたいところ。

『常盤軒』にざるそばはなく私は当時、天ぷらそば(温)を頼んだわけだが、ここには天ぷらそばがない。しかし、常盤軒の天ぷらはそもそも東京のそば屋のように、ガッチリしたかき揚げじゃなく、天かすをまとめた感じだった。


つまり一番近いのは「たぬきそば(温)」だろう。そこで注文してみたところ……


かなりガチなたぬきがやって来た。

天かす、ワカメ以外に、ほうれん草やかまぼこも入っているところが気が利いてる。もろ昔ながらの立ち食いそばである『常盤軒』の無骨さから考えると、見かけはかなり東京風になっていると言えるかもしれない

・食べてみたところ

だが、その美しい色合いはどことなく緑豊かな北海道の大地を彷彿とさせる。そんなイメージは、ひと口そばを食べた時、さらに強固なものへと変わった

錆びた線路、果てしなく続く山々、色あせた駅名板、誰もいないホーム、木造の駅舎に差し込む柔らかい陽の光、畳の匂い。野趣味あふれる味でそれらの光景が瞳の奥に流れていく。あの時の味だ

・店主に話を聞いてみた

そばは間違いなく音威子府の味。それもそのはず、店主の鈴木さんに話を伺ってみたところ「音威子府で打たれたものを空輸している」のだという。

鈴木さん「こちらで打つこともできるんですが、やっぱり水とかが違うので……現地の味をそのまま持ってきたいんです」


──なぜ音威子府そばの店を東京に出そうと思ったんですか? 音威子府出身とか?


鈴木さん「いえ、静岡出身です。キッカケは友達に音威子府そばを教えてもらったことですね。実は、この店以外に、つぼみ家というそば屋をやってまして……」


──立ち食いそば屋のつぼみ家の代表さん!? そば好きには知られている店がありながら、なんで音威子府そばの店を?


鈴木さん「17年そば屋やってます笑 で、仕事柄そばの情報が集まってくるんですが、ある時音威子府そばの話を聞いたんですね。幻のそばがあると。そこで、実際食べに行ってみたら興味が湧いて。これは個人的にやろうと


──なるほど。そばが音威子府の味なのに対して、つゆが東京っぽいコク深さがあるところが凄くマッチしていておいしかったです。

鈴木さん「つゆを東京の味に合わせるというのはこだわったポイントの1つですね。音威子府そばの味が主役になりつつも、こちらの人にも受け入れられるようにと」


──確かに、コク深くもそばの風味が中心にあって、上品な感じがします。


鈴木さん「出汁はカツオと昆布なんですが、音威子府そばと合う昆布を選ぶのに、北海道のものを全部試しましたね。今は、北海道最上級の日高昆布に落ち着きました」

──とのこと。音威子府そばを実食したことのある私は、つゆの味に本場との “違い” を感じたが、それは決して悪い意味ではなく、むしろそばとしてのクオリティーはより高い。東京のそば民用にチューニングされたその味は、『音威子府TOKYO』の名に恥じぬものであるように感じた

田舎そばが子供に見えるほど野趣味があふれる音威子府そば。本場で食べたその味は、蒸気機関車が走っていた時代に想いを馳せてしまうような荒々しいものだった。だが、そんな知る人ぞ知る幻のそばは、こういった店の誕生により令和の時代にも引き継がれていくのかもしれない。

・今回紹介した店舗の情報

店名 音威子府TOKYO
住所 東京都新宿区舟町3-6 今塚ビル 1F
営業時間 月~土11:30~14:00、17:00~23:00
定休日 日・祝休

Report:立ち食いそば評論家・中澤星児
Photo:Rocketnews24.

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