不平不満がゼロで、みんながニコニコ笑っている世の中……ってちょっと怖くない? きっとそんな世界はあり得ないし、仮にあろうものなら『笑ゥせぇるすまん』の喪黒福造(もぐろふくぞう)がやって来て、最後に「ドーン!」となってジ・エンドだろう。

何が言いたいかというと、満足しない点があるからこそ、この世はより良くなっていこうとするのではないかということだ。2019年9月13日に公開された映画『記憶にございません!』を見て、そんなことを感じた次第である。

・登場人物たちのモデルは実在した……? 

映画『記憶にございません!』は『古畑任三郎』をはじめ、数々のヒット作を世に放ち続ける三谷幸喜さんによる最新作。ものすごく簡単に内容を説明すると、国民から嫌われている総理大臣・黒田啓介がある日、石をぶつけられたことで記憶喪失になり、すべてを忘れしまうというものだ。

記憶を失う前の黒田と言えば、何かにつけ「記憶にございません」のセリフで逆切れするという、最低っぷり。さて、このタイトルからピンときた人も少なくないだろうが、登場人物たちはモデルが実在する(した)と思われる。がしかし、あくまで映画。いずれも作品内における、架空のキャラクターなのだそうだ。

しかし作品を見進めるにつれ、この世界が現実か非現実か区別がつかなくなってくること必至。詳しくは本編をご覧いただければと思うが、随所で「あ~こんな人いたなあ」「絶対リアルでもこんなこと言ってるでしょ」などと思わずクスっとしてしまう。

・ただのコメディではない

非現実さを感じさせない原因は、言わずもがな役者たちの演技にある。黒田首相(中井貴一)をはじめ、その力のこもり具合はあっぱれとしか言いようがない。中でも真に迫り過ぎていたのは、謎のフリーライター・古郡祐(佐藤浩市)だ。私(K.Masami)が元新聞記者だということもあるが、ガチリアルすぎて引いた。

私といえば、それはそれは小さな新聞社勤務であったが、国会議員や大臣に取材する機会がなくはなかった。想像に難くないだろうが、そうした職業の方々が腹を割って話をしてくれることは、まずもってない。書く側としても、大人の事情(広告費をもらっているなど)があるので好き放題できない。

そんなどうにもならないジレンマから来るやるせなさが、古郡祐の演技からヒシヒシと伝わって来るのだ。現実も架空の世界も、世知辛いことこの上ないな。同作は “政界コメディ” として括られているようだが、コメディを超越した世界が広がっていたように思う。

・イチオシは事務秘書官・番場のぞみ

また、三谷作品の魅力のひとつはいずれもその軽妙なテンポにあるだろう。しかし今回は、比較的ゆっくり目のテンポだと感じた。じっくり丁寧に、登場人物たちの変化と成長が描かれていた。個人的に気に入っているのは、事務秘書官・番場のぞみ(小池栄子)だ。

はじめは捉えどころがない、そこまで特徴のない人物であるかのように見えた。それが次第に……一言で表すと、とてもチャーミング! こんな事務秘書官がいたら、大人気間違いなしだ。

笑えることはもちろん、今後の日本の在り方についても考えさせられるという、他に類を見ない映画『記憶にございません!』。なんやかんやで、あっという間の127分だった。あなたも映画館に足を運び、三谷作品の新しい一面を目の当たりにしてみてはいかがだろうか。

参考リンク:『記憶にございません!』(公式サイト)
Report:K.Masami
Photo:Rocketnews24.

▼2019年9月13日公開『記憶にございません!』

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