2019年7月20日に行われた宮迫博之と田村亮の記者会見は、世間に大きな衝撃を与えた。詳細については割愛するが、そこで語られたのは吉本興業、岡本昭彦社長によるパワハラ、そして時代にそぐわぬ吉本興業の隠蔽体質ブラック企業体質であった。

翌21日、自身がレギュラー出演する「ワイドナショー」にて松本人志が一連の騒動に対する見解を発表、事態の収束へ自らが乗り出すことを明かした。松ちゃんが動くならもう大丈夫……と言いたいところだが、番組を見ていて一点だけどうしても気になることがあった。やもすれば、いかに松ちゃんとはいえ「大崎洋会長を私情だけでかばいすぎたら危ないのではないか」と。

・松ちゃんが守りたいもの

番組内で松ちゃんが何を語ったのか? そちらについては各種サイトをご覧いただくとして、記者は「松ちゃんが守りたいもの」がよく見えた生放送だったと思う。これだけの騒動にこのスピード感で対応した松ちゃんは流石の一言で、一連の騒動の行方は松ちゃんの双肩にかかっていると言っても過言ではないだろう。

記者が感じた松ちゃんが守りたいものとは、後輩・お笑い・吉本興業・自分自身と自分自身が築き上げたもの……といくつもが垣間見えたが、その中の1つが冒頭でもお伝えした「大崎洋会長」である。番組内で松ちゃんは以下のように語っている。


「(大崎会長が)これ以上、騒ぎが大きくなるようなら自身の進退も……なんて言ってましたけど、それは止めます。もし大崎が辞めるなら僕も吉本興業を辞めます。ずっと一緒にやってきた兄貴なんでね」


あまり表舞台に出てくることはないものの、大崎洋会長はダウンタウンの育ての親として知られる人物で、大崎会長とダウンタウンが今日の吉本興業を築き上げたと言っても大げさではあるまい。また松ちゃんの言葉を借りるならば、両者の信頼関係は肉親ほど近いものがあるのだろう。

・吉本興業のトップ中のトップ

だがしかし、である。仮に今後の吉本興業が大崎会長の指揮のもと、世間からある程度は理解される企業に変貌するならば問題はない。ただ、契約書や最低賃金などの問題をクリアせず今まで通りの会社運営をしていくならば、大崎会長に批判の矛先が向くのではなかろうか。

問題なのは、大崎会長がビジネスインサイダージャパンのインタビューで以下のように発言していること。


「契約は口頭でも成立する。契約書を導入する予定はない」


「最初のギャラは250円でもいい。月に30万円払ってやるからがんばれよ、というやり方は本当に芸人を育てるやり方とは思えない。吉本の今のやり方を変えるつもりはありません


お笑いに限らず、芸事は特殊な世界である。歌舞伎も絵描きも相撲も、一般的な社会通念とは相容れない部分が多い。大崎会長が言いたいことは理解できるし、その通りなのだとも思う。ましてやダウンタウンの育ての親が言うならば、これ以上の説得力はない。

とはいえ、一昔前ならばいざ知らず、コンプライアンス至上主義の現代において、吉本興業のやり方は隙が多すぎる。ギャラの問題にせよ契約書にせよ、ツッコミどころだらけなのだ。ましてやこれだけの騒動になってしまった以上、ある程度は世間が納得する必要がある。

・冷静に大崎会長体制を維持する意味を伝えて欲しい

番組内で松ちゃんは「(吉本興業が)時代を読み違えたのかな」と発言していた。そして松ちゃんは時代を読む能力に長けた人物である。今回の件で多くの人が松ちゃんを支持する理由は、松ちゃんの意見が時代の流れに沿っていること、そしてそれが多くの人の意見と重なり合う部分が多いからであろう。

生放送内で、松ちゃんは上層部と「ギャラのことも話した」としていたので、大崎会長がインタビュー時とは違った方針に舵を切る可能性は十分にある。だが、もし今まで通りの運営を続けていくならば、世間の目はトップである大崎洋会長に向いてしまうハズだ。

ビジネスインサイダージャパンのインタビュー内で、大崎会長は「僕が社長になった当時、社内に反社のような人たちもいた。役員にもいて、身を賭して戦って、やっと追い出したんです」としている。表には出づらい話ではあるが、大崎会長の功績は非常に大きい。

それ以外にもきっと、大崎会長がいたからこそ達成できたことが多くあって、それを松ちゃんは知っているのだろう。だが、残念ながら世間の人はそれを知らない。いまあるボンヤリしたイメージは「吉本の一番偉い人」ともすれば「ブラック企業の総大将」ではなかろうか。

なので、松ちゃんは「大崎会長が兄貴だから」と言うだけではなく、大崎会長がいたからこそ達成できた事実、また「大崎会長がいるからこそできる改革」を世の中に示すべきだ。番組を見ている限り、他のことは全て客観視できているのに、大崎会長の件だけは私情に見えてしまった。

・松ちゃんが本当にピンチになったとき……

こんなことを書いている最中、22日放送の「スッキリ!!」にて加藤浩次さんが「上層部が辞めなけば吉本興業を辞める」と発言したとの情報が入ってきた。松本さん、東野さんクラスは岡本社長および大崎会長と意思疎通が取れるのだろうが、加藤さん、宮迫さんクラスでも上層部との意思疎通は容易ではないということだ。

つまり、松本さんは大崎会長が会長職を続ける意味を、何より後輩たちに示さねばなるまい。加藤さんは「経営陣が責任を取れない会社ってどうなんだ?」とぶち上げていたというが、個人的にはその後に収まる人物が、大崎会長以上の能力がなければ意味がないと考える。辞めるだけが責任の取り方なのか? 難しいところだ。

とはいえ、空中分解寸前の吉本興業を救えるのは松本さんしかいないのだろう。上層部、後輩たち、そして世間。その際、私情だけで大崎会長を擁護するのは、いくら松本人志といえども危険だ。松ちゃんが惚れ込むくらいの人物である。きっとこれからの吉本興業を変革してくれるに違いない。

なお、あくまで個人的な予測だが、この件がさらにねじれにねじれたとき、つまり松ちゃんおよび吉本興業が本当にピンチを迎えたとき、ついにあの男が動き出すと見ている。吉本興業のもう1人の巨人、浜田雅功さんだ。

参考リンク:ビジネスインサイダージャパンスポニチアネックス
執筆:P.K.サンジュン
イラスト:マミヤ狂四郎