皆さんにお尋ねしたい。スポーツの大会で表彰台にのぼったことがあるだろうか? 学生時代なら運動会で1度くらいはあるかもしれない。社会人になってからとなると、ほとんどその経験のある人はいないだろう。私(佐藤)もそうだ。いや、正確に言おう。43歳までそうだった。

だが、それはすでに過去のこと。昨年、44歳の私(本名:山科英典)は第5回全日本ポール・スポーツ選手権大会にてカテゴリー(アマチュアマスター+40)で準優勝を果たして「2位の表彰台」にのぼった。そして迎えた今年の私は、45歳にして初めて「1位の表彰台」にのぼったのである!

まさかこの運動オンチの運動嫌い、できるだけ動きたくないでござる! の人生で、表彰台の1番高いところにのぼる日が来るとは、夢にも思っていなかった!!

・ポール・スポーツとは?

改めてポール・スポーツについて説明しておきたい。ポールを使ってパフォーマンスを行う、ショーの要素が強いものを「ポールダンス」という。私が2016年末から習い始めたのもポールダンスだ。

ポール・スポーツは厳格なルールに基づき、より競技性を高めたもの。体操やフィギュアスケートと同じように、スコアシートに基づいて審判が採点を行う競技であり、2008年オリンピック種目加入を目指して、世界機関が設立された。2012年より世界大会が開催されている。

現在約30カ国が世界機関(国際ポールスポーツ連盟)に加盟しており、さらに今後10カ国がこれに加盟する予定だ。世界的に競技人口が増えており、そう遠からぬ将来には、オリンピック競技化が実現すると思われる。


・昨年は繰り上げで準優勝

さて、そんな将来性の高い大会に、昨年私はポール歴1年数カ月の状態で参加してしまった。


ルールの規定は非常に厳しく、それを頭に入れるだけでも十分な時間と努力が必要。その上、スコアシートを自分で作成して提出しなければならない。書き間違いをしてしまうと減点になり、競技の結果にも影響が出てしまう。


昨年はカテゴリー参加者3人中3位。つまりビリだった訳だ。幸か不幸か、当初1位だった選手が時間の都合で表彰式に参加できなかったために失格と見なされ、私の順位は繰り上げで2位、つまり準優勝という奇跡的な展開を迎えた。有難いと思う反面、やっぱり厳しい大会であることを痛感させられた次第だ。


・せめてスコア2桁に!

この結果について、入賞したとはいえ、素直には喜べなかった。「運も実力のうち」なんて言ってくれた人もいたけど、やはり慰めにしかすぎず、力のなさを思い知るだけだった。だって、私のスコアは大会全体を通しても最下位レベルの「3.5点」

1位だったはずの人が11点だったから、その3分の1程度の点数しか得ることができなかったとは。悔しい、悔しすぎる……。


せめて、対等に渡り合えるくらいの実力はつけたい! できることなら、2桁の点数を得るくらいにはなりたい!!


そう思い、大会終了後、少し間をあけた後に再び練習の日々を再開した。


自らの年齢を考慮すると、飛躍的に成長することはないと思っていた。むしろ続けていなければ衰えるばっかり。ただひたむきにやるしかない。


練習を積み重ねていくと、本当に少しずつ、時として「気のせいかな?」と思うレベルで、身体が変化していくことがわかる。その気のせいは次第に確信に変わって、いつの間にか2~3カ月前には全くできそうになかったことが、できていることがある。


そこが楽しくてポールを止める気になれないのだ。変化の途中で自分を信じることはとても難しいが、それに耐えてやり続けていると、以前は想像もつかなかったような実力を手にできる。ポールに限った話ではないのだが、私は日々の練習を通して、そんなことを学んでいる。


・数日前に問題発覚

前大会の反省を踏まえつつ、スコアの内容を見直して、またゼロから演技を組んだ。


有難いことに、2年目に入った分、考える材料は増えており、おまけに2019年4月の大会までにスタジオ主催のイベントに2回出演することができた。格安で出られる機会だったので、そこで多少なりとも経験値を積むことができた。このまま順調に大会を迎えると思っていたが、そう簡単には物事は進まない。

直前になって、ポールを脇に挟んだ状態で身体を持ちあげる「フラッグポジションのデッドリフト」が全然できなくなってしまった。


すでに体得していると思ったら、そうではなかったらしい。数日前になって集中的に練習を繰り返し、演技のなかで7割くらいの精度でできると思われる状態に持っていった。


もうここまで来て、良いも悪いもない。後悔しても遅いんだから、「たられば」はナシ。2分間リハーサルでもう1度だけデッドリフトを確かめるチャンスはあったけど、4分の演技をフルで通すことはできず、結局ぶっつけ本番のような状態で挑むことになった。


・本番の最中に心のなかに湧き上がったもの

そうして迎えた本番。ステージ脇から前の出場者の演技が見える。たしかにその場で演技を見ていたはずなのに、あとになって振り返ると、前の人がどんなことをしていたのか、何ひとつとして思い出すことができない。

どんな音楽が流れていたのか、それさえも記憶にない。目を開けているし音も聞こえているはずなのに、何も見ず何も聞いていなかったのだろう。ステージに出る番になってやたら周囲が静かに感じられたのは、きっと全神経を研ぎ澄まして自分に集中していたからに違いない。

ステージに立って客席側を見ると、向こうは真っ暗闇で何も見えなかった。こちら側に向けて照明が当たっているので、きっと自分の立ち姿だけがクッキリとしていたはず。曲が流れ始めたところからは、ポールを握っている感覚だけが自分の中に残っている。思えば高所恐怖症だったはずなのに、4メートルのポールを昇ったり降りたりするのは苦じゃなくなっていた。


4分間もの間、動き続けていると身体は軽く悲鳴を上げる。心拍数は激しく上がって、胸の内側から胸骨を激しく叩くように脈打ち始める。息を吸い過ぎて唇が渇き、喉が渇き、唾を飲み込むのが先か、それとも息を飲むのが先か、脳みその判断が怪しくなる。

それでもしっかりとポールを握る力は衰えることを知らず、息を殺してでも手を離すものかと研ぎ澄まされた神経系が、脳みその答えを待たずに結論を下し続けていく。


心配だったデッドリフトは、気後れする脳みそを置き去りにして、脊椎反射のごとく身体を持ちあげて、みごと形にすることができた。ただ、それが綺麗な技として成立したかどうか、判断できるほどフォーカスできていなかった気がする。


妙なことだが、演技をしている間は、驚くほど時間が早く経っているように感じられる。それなのに、演技中にぽっかりと時間の穴が開いたみたいに、全部がスローモーションに見える瞬間がある

前大会でもやはり同じことを思った。まるで緻密に織られた時間の布に、ある角度からしか見つけることのできない大穴が開いている。その時間の余白にすっぽりと入ってしまった時に、何とも言えぬ心満たされる思いがするのだ。


ここまで自分を連れてきてくれた、あらゆるものに感謝を


言葉にすると立ちどころに野暮ったくなってしまうが、表現するとしたら「感謝」という言葉しか浮かばない。良いとか悪いとか、すごいとかすごくないとか、できるとかできないとかそんなものが全部小さく見えて、ただ一心に演技をできることが有難いとしか思えなくなってしまう。あんなに運動嫌いだったのにね。精一杯打ち込んでいられるそのことが嬉しくて。


去年より0.1点でも上に行けたらいい。同じ点数でもいい。いや、もう点数下がったって、それでもいい。一生懸命やったから。自分ではそれが分かってるから悔いはないと思った。


その結果、表彰台の1番上にのぼったよ。


カテゴリーの出場者は私だけだったけどね!


本当は出場しただけで優勝は決まっていた。

だからこそ、やるのが難しかった。ライバルがいればその人を想定して戦いを挑めばいい。でも相手がいない。そう思いながらモチベーションを維持するのは本当に難しかった。ライバル不在であることを知った瞬間は、本当にショックでちょっと練習をやる気を失いかけてしまった。だって、誰かに勝ちたかったのに、その誰かがいない。

いるのは自分だけ。つまり自分との戦いでしかない。それでも必死に演技した結果、ただ自分と向き合う戦いではなく、当初の目標を無事に果たすことができたのだ。

審査の結果を待つ「キスアンドクライ」で、アナウンスは私の結果をこう伝えてくれた。


アナウンス「山科英典選手のトータルスコアは……」


「12.6点です」


昨年失格になった人と、せめて対等に渡り合えるだけの力をつけたいと願っていた。その彼が出した点数の11点を超えていたのだ。そこで初めて、自分は努力を重ねていたことを実感できた。ホッとしたよ……。


・Nさんの握手

この日の会場に、私と同じように昨年繰り上げで1位になったNさんがいた。彼はボランティアスタッフで関東から大阪まで駆けつけていたのだ。その彼が私の点数を聞いて、かたい握手をしてくれた。

彼はのちに「Instagramの動画(佐藤のポールの練習動画)もチェックさせてもらっていたので、自分の得点(8点)は超えるだろうと思ってましたが、我が事のように嬉しかったです」と伝えてくれた。そんな風に思ってくれる人が、1人でもいることを誇らしく思う。Nさんの握手、この先ずっと忘れないと思う。


どんなことだって、やり続けていれば何かになる。私はそう信じている。決して「努力は報われる」だなんて言いたくないが、重ねた思いや時間は何かに通じると信じている。だから、若い人にも若くない人にも言いたい。やりたいと思うことを、一生懸命やればいいと。

取材協力:一般社団法人日本ポール・スポーツ協会、ポールダンススタジオ「LUXURICA」(※男性は紹介制)
Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24

▼佐藤(山科英典)の演技(日本ポール・スポーツ協会公式動画)


▼シニア男子の優勝者、新屋直人選手の演技(日本ポール・スポーツ協会公式動画)


▼シニア女子の優勝者、山口麻里奈選手の演技(日本ポール・スポーツ協会公式動画)


▼今大会から新しく設けられた、フリースタイルのポールバトル「ウルトラポール」の動画。いかに一流の選手がスゴイかが良くわかる(日本ポール・スポーツ協会公式動画)