ネットが発達した現代では、様々な情報をワンクリックで入手することができる。体験したことがない世界のことを知れる万能感……それは便利な一方で、絶対に実体験には勝てない知識であることも事実だ。
そこで、実際にプロフェッショナルの現場を体験してお伝えするのがこの『密着しすぎレポ』である。今回は、「プロデューサーって何してるの?」という人に伝えたい。バンドのレコーディング現場を密着しまくってレポートしよう。
・私が参加したレコーディング
今回、密着するバンドの名前は「フリサト」。そう、私(中澤)がギターを弾いているバンドである。密着というか、もはやめり込んでいると言っても過言ではない。ずぶずぶだ。
仕事をしながらバンド活動をしている我々。ライブで販売するCDを作成するためレコーディングに踏み切った。録音するのは、仕事の合間にリハに入って作った汗の染みついた3曲である。プロデューサーは、元センチメンタル・バスの鈴木秋則さん。
・レコーディング合宿にレッツゴー
というわけで、みんなで予定を合わせ、鈴木秋則さんのプライベートスタジオ『honobono rec hiratsuka(ホノボノレック・ヒラツカ)』で1泊2日のレコーディング合宿にレッツゴー! 39度のトロけそうな音源録るで!!
山の中にある『honobono rec hiratsuka』は、秋則さんの家を改造したもので、友人、知人以外には貸し出していないという。今回、私たちがこのスタジオで録音しようと思ったのは半端じゃないコスパが決め手だった。
通常、レコーディングスタジオで音源を録音する場合、スタジオ代以外にもエンジニアの人件費などがかかるが、『honobono rec hiratsuka』だと、エンジニアリングからミックスまでは鈴木秋則さんのオール・イン・ワン。かかるのはスタジオのロックアウト代金だけ! とても50万枚CDを売ったミュージシャンとは思えない破格さである。
前述の通り、コツコツ仕事しながらバンド活動を続ける我々としては、コスパは結構な死活問題だ。「それなら自分たちで録音すれば?」と思う人もいるかもしれないが、販売することを考えた場合、やはり製品のクオリティーに少しでも近づけたい。その気持ちと値段のバランスなのである。
また、第3者の目線が入ることで、今まで気づかなかったアイデアが出ることも多い。個人的には、そういった意見をもらったり音質などを整えてくれたり、外からの視線で一緒に作ってくれるのがプロデューサーというイメージ。
スタジオに着き、挨拶を済ませ、荷物をみんなで運び込んでいると、何を言うでもなく手伝ってくれる秋則さん。お世話になります。
スタジオに入ったら、まずはドラムのセッティングから。ドラムにマイクを立てる秋則さん。今回のレコーディングは、ひと部屋に全員が入って「せーの!」で録音する。
・セッティング
この時、ギターアンプの音がドラムのマイクに入ると、ギターの音だけを録りなおすことができないため、ギターアンプは部屋の外で鳴らすことに。ベースはアンプを通さずに信号のみをライン録音する。
そういった録音のセッティングを相談しているうちに、エンジニアさんとちょっと打ち解けた雰囲気になるのがいつものパターン。相談した時の答え方でエンジニアさんの人柄が分かるのである。レコーディングはすでに始まっていると言っても過言ではない。
ちなみに、秋則さんは初対面かつ10歳くらい年上なのに、昔からの友達みたいな感じだった。もはやメンバーに混じっていても気づかないほどの違和感のなさである。元からメンバーこの5人だった気がしてきた……。
休憩を挟んでドラムのセッティングが完了。だが、まだ録音は始まらない。この後、ドラムの音をミキサーで調整しなければならないからだ。せっかく録音した音が割れていたり、ハウっていたり、変な音だったりすると目も当てられない。ドラマーがドラムを叩き、その音を聞いて調整する秋則さん。
音が決まって、やっとドラムの準備は完了した。そう、これから同じ作業をギター2本とベースで行うのである。そんなこんなで、全ての準備が整ったのは2~3時間くらい経った頃。
この時点でちょっと疲れている一同。眠い……。
・レコーディング開始
しかし、いざ全員で演奏してみると、ヘッドフォンから聞こえてくる音が良すぎて目が覚めた。マイクで録る音は、生で聞く音のイメージと違うので、録音の際いつも音作りに苦戦する私だが、今回はその誤差が凄く少ない。というか普段より良い音だ。このアンプ超欲しい。
ずっと弾いていたいけど、時間も限られているため、さっそく「せーの!」で録ってみよう。バンド演奏を始めると、スカッと晴れたような開放感を感じた。たーのしー!
もうこれで良いんじゃないだろうか? ふとそう思ったが、秋則さんから「待った」の声。どうやら、サビの一部で歌のラインが栄えないコード進行になっているようである。歌メロとベースのラインをピアノで確認しながら、ギターのコードを1つ付け足すことに。盛り上がってきたァ!!
どうしても弾き癖が染みついているため、流れで録音すると癖が出そうになる。こういったちょっとした変更ほどその場で正確に対応するのは難しいのだが、これこそバンド外の人間がいる強みだ。他にも、ベースラインに合わせてちょっとしたフレーズを追加。再度録音スタート。
そんな全体でのバッキング録音が終わると、次はそこにギターを重ねていく。結局、3曲のバッキングトラックが完成したのは時計が24時を回った頃だった。
ところで、このレコーディングの日付は2018年7月7日。そう、W杯の準々決勝が行われた日である。というわけで、初日の打ち上げは秋則さんも含めたメンバー全員でW杯を観戦。
うおおおおお! ロシア先制したァァァアアア!! と思ったらクロアチア逆転した! 「……フ!」「……ッチ!」「……フ!」「……ッチ!」……
……チュンチュン。
チュンチュンチュン。
何だろう? 手がモフモフする。
「にゃあごろ」
朝。というか昼か。12時だし。猫に起こされた。昨日はめっちゃメンチ切られてたけど、ひと晩で慣れたのかもしれない。にゃあにゃあ。お前は気楽でエエなあ。
……って、猫語を話している場合じゃなかった! 今日は歌録りだ!! さっそく、秋則さん含む全員で朝ごはんをかき込みレコーディング2日目開始。メインボーカルとコーラス録音を今日中に仕上げないと。
歌ものバンドの場合、歌が1番重要なことは言うまでもないだろう。必然的に1番時間がかかるのも歌の録音だ。現代の技術だと、ピッチを直すのは簡単なのだが、個人的には音を外していても感情を揺さぶる1音はあると思う。
──ロックバンドとは、その1音を探している時代遅れたちのことを呼ぶのかもしれない。
それはさて置き、ついに開始した歌録り。聞く方も神経をすり減らしながら耳に集中する。今の良かった! その調子でもう1回行こう!!
メインが録り終わったのは19時頃。あとは、サビをハモるのと合唱が残っている。これ、終わるのか……? ここまで来れば時間との闘いである。そこで秋則さんが再び動いた!
コーラスラインがコードの中の音とブツかっており、美しいハーモニーにはなっていない様子。再び、一緒にメロディーラインとコーラスを確認していく。
コーラスラインを整理した後、さらに、新しく秋則さんが提案してくれたコーラスを付け足すと、サビの広がりが一気に増した。おおお……エエやないの。CMでかかってそうやないの(あくまで個人の感想です)。そんなこんなで22時30分、ついに全録音が完了。お疲れっしたー!
ここまで付き合ってくれた秋則さんにはマジで感謝しかない。そんな鈴木秋則さんに「プロデューサー」というものについて聞いてみた。プロデューサーの仕事って何だと思いますか?
鈴木秋則「僕はプロデューサーの端くれにも入っていない気がするんだよね……。音楽家である自負はあるけど、『プロデューサー』って言うと、凄い大先輩が多すぎて、恐れ多くて自分でそんなことを名乗ることはできないなあ。そういう肩書きで何か語ることはできない」
──ちなみに、凄い大先輩のプロデューサーとは例えば誰ですか?
鈴木秋則「本間昭光さん(「ポルノ・グラフィティ」「いきものがかり」など)とか島田昌典さん(「いきものがかり」「aiko」)、あとは武部聡志さん(フジテレビ『ぼくらの音楽』『FNS歌謡祭』の音楽監督など)とかかな」
──なるほど。秋則さんはそこを目指しているんですか?
鈴木秋則「いや、尊敬はしているけど、そこにはもうすでに凄い先輩がいるから、自分は違うところを目指そうと思ってる。だから、下北沢に引っ越して、現れる若者たちと自分から積極的にかかわって制作をやってるんだよね。
まあ、やってるっていうか、そういう話を言ってくれる子がいるのがありがたいなと思ってる。そういうことを自分の先輩たちはやってないから、自分ができることって多分これだろうと思って」
──では、上記を踏まえた上で改めて聞きます。秋則さんにとってプロデューサーとはどんな存在ですか?
鈴木秋則「音楽制作のためにお金を意のままに使える立場の人。そこになるのが難しいんだよね(笑)」
──とのこと。最後まで『プロデューサー』という言葉に対して「恐れ多い」と畏敬の念を見せる秋則さんだった。でも、秋則さん。知らないかもしれないけど、あなた、wikipediaに「音楽プロデューサー」って書かれてまっせ。
密着どころかずぶずぶにめり込んでお伝えした今回のレポート。もちろん、レコーディングのやり方やプロデューサーのあり方は他にもいっぱいあるのだが、「プロデューサーって何してるの?」という人には、その一面が垣間見えたのではないだろうか。
CDデビューする新人バンドには、表に出ずともほとんどの場合、サウンドプロデューサーがついている。もちろん、核を作るのはアーティスト本人たちだが、プロデューサーの力は相当大きい。逆に言えば、それだけ「存在意義のある人」じゃないと求められない実力社会なのだ。
というわけで、これから音楽を聞く時はぜひプロデューサーにも着目してみてくれ。ひょっとしたら、あなたが好きなその雰囲気はプロデューサーが作ったものかも?
Report:中澤星児
Photo:Rocketnews24.