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日雇い肉体労働に従事する母親を、子供の視点で歌った名曲──『ヨイトマケの唄』。実際に歌を聞き、思わず心が揺さぶられた人は少なくないだろう。また、今から約3年前、紅白歌合戦での美輪明宏さんによるパフォーマンスがきっかけで、歌の存在を知ることになった人も多いはず。

そんな『ヨイトマケの唄』を彷彿(ほうふつ)とさせる女性が海外で話題になっているので、是非ともご紹介したい。と言っても、歌詞と同じように子供が学校でいじめられてるとか、そういう話ではない。そうではなく、ただ、その女性の働き方、そして子供に対する強い愛情と責任感が、歌に登場する「母ちゃん」を思わせるのだ。

・妊娠中に夫が亡くなり……

話題の女性は、エジプト・ルクソール在住のシサ・アブ・ダオさん。現在、65歳の彼女は、 “あること” で世界中から注目されている。それは……約43年間も男性の格好をして、働き続けていること。

なぜ、そんなことをしているのか? ……そもそもの始まりは、今から40年以上前にさかのぼる。シサさんが妊娠して6カ月の時、夫が亡くなったのである。

そこで彼女が選んだ道は、自身が働くこと。自分の手で、生まれてきた娘を養うことだったのだ。

・髪を剃り上げ、男の服を着て……

だが当時のエジプト社会では、女性が働くこと自体が、簡単なことではなかったらしい。その上、シサさんは文字が読めなかった。さらに、シサさんの家族は、再婚を望んでいたため、自分が働く道を選んだことで、家族から怒りを買うことに……。

その状況を、シサさんは常識では考えられない方法で乗り越えた。髪を剃り上げ、やや大き目の男性の服を来て、男性として、働きに出たのである。

「男性自身と彼らのとげとげしい視線から身を守るため、また昔ながらの(女性が働くことに対して否定的な)考え方を持つ人々の標的にならないように、私は男性になることを決心しました。男性の服を着て、誰も私のことを知らない村へ行き、男性と同じように働いたのです」

・レンガ造りなどの仕事

なおシサさんは当初、レンガ造りなどの建築関係、それから農業に従事。年齢的にそのような仕事が厳しくなってくると、靴磨きをして家計を支えたそうだ。もちろん、全ては自分の娘を育てるためである。

「私は娘のためなら、何だってしました。それが生活費を稼ぐ唯一の方法だったんです。私は読み書きが出来ません。他に何が出来るというのでしょう?」

・43年後……

こうして43年が経った。今では「シサさんが女性であること」は、ルクソールで周知の事実になっているらしい。そして……シサさんが育てた娘さんは結婚し、今は子供もいる。つまり、シサさんは孫がいるのだ。今や母となった娘のホダさんは、自身の母親について、こう語っている。

「私の母親は今も家族を養ってくれています。毎朝6時に起きて、ルクソールの駅前で靴磨きをする準備を始めるのです。母親はもう歳なので、私が仕事道具を持って行きます」

……そう、シサさんはまだ働き続けているのである。娘の夫が病気であることに加えて、「娘には自分と同じことをして欲しくない」という気持ちから、自分自身が働きに出ているという。

・大統領から表彰も

そんなシサさんは、ある日メディア関係者の目に留まったことがきかっけで、有名になった。そして今年、地元の自治体から「最も献身的な母親」に選ばれ、最近はエジプトのアブドルファッターフ・アッ=シーシー大統領に表彰されることに。

しかし、どれだけ大きな賞であっても、シサさんが今までしてきたことには、見合わないように思われる。「♪どんなキレイな勲章よりも、母ちゃんの服こそ、世界イチ!」だろうから。

参照元:YouTubetheguardianAL ARABIYA NEWSMail Online(英語)
執筆:和才雄一郎

▼エジプトのテレビ番組にも取り上げられた

▼こちらがシサ・アブ・ダオさんだ
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▼仕事中のシサ・アブ・ダオさん
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