この世には様々な種類の料理人がいるけれど、寿司屋の大将という存在は、冷静に考えるとスゴイのだ。なにせ素手で酢飯を握り、そっと目の前に差し出してくる。それを私(筆者)が素手で食べたら、手 → 手 → 口なのだ。実に豪快、ワイルドだ。

ゆえに寿司屋に行くときは、食べる側も真剣勝負でなくてはならない。大将の一挙一投足に注意を払い、ドキドキしながら寿司を待つ。いわば自分と大将の一騎打ちだ。そんな寿司屋の真剣勝負にて、未だ忘れられない伝説的な寿司を握った大将がいる。

・かつて中目黒にあった伝説的な回転すし屋

時は今から約20年前、私が中学生の時。場所は今をときめく中目黒で、私の同級生の親父さんが営んでいた、とある回転すし屋に行った時の話である。お小遣いを握りしめ、親友N君と二人でドキドキしながら入店した。すると……

大将「ヘラッシャイ!! ……オッ! 羽鳥くんにN君だね! いつもウチのせがれがお世話になっております!(ペコッ) さあァ〜て、何にするッ!?」rassyai

──と、いかにも江戸っ子風な口調で、中学生の我々を威勢よく出迎えてくれた大将。ちなみに回転すし屋なのに、チェーンコンベアは回っていない。不思議に思い、「あれ? 回っていないんですか?」と聞いてみると……

大将「ああ、ウチは回転しない回転すし屋なのよ! さあァ〜て、何を食べたいッ!?」

と、あくまでも “注文スタイル” を貫いていることを教えてくれた。今にして思えば、時代を先取りしている感もあるが、そのとき我々2人以外の客はいなかったので、電気代の節約のために止めていたのだと思われる。

それはどうでもいいとして、我々は「とりあえずマグロで」と、大人っぽく注文してみた。子供だけで寿司屋に来て、大将に注文するなんてカッコイイ! ……なんて思うと気分が良かった。

一方の大将は「へい、マグロで!」と、ガッテン承知的なリアクションをしたかと思うと、「ヨーシヨシヨシヨーシ」などとつぶやきながら、クルリと後ろを振り向いて、板場に置いてある冷蔵庫(家庭用)のドアを開けた。そして……なんと……!!dokidoki

いかにもスーパーで買ってきました的な「マグロの刺身のパック」を、アラヨッと、まな板の上に置いたのであった。私もN君も「えっ!?」となった。我々はカウンターから身を乗り出して、そのパックに目を凝らした。すると……なんと……!!

東急ストアのラベルが貼ってあったのだ! たしかに、この回転すし屋から徒歩30秒圏内に東急ストアは存在する。そして、パックの刺身も売っている。だが、なぜ、それが寿司屋の板場の冷蔵庫の中から、「アラヨッ」と出てくるのか!majika2

あぜんとする我々であったが、大将はルンルンと機嫌よく、その刺身の中身を「サッ」とまな板に取り出して、シャーッ、シャーッと、見事な寿司職人の手さばきで “すしネタ” サイズに切っていった。なんだかすごく楽しそうだ。

そしてキュッキュと寿司を握り、「へい、まぐろで!」と、我々の目の前に差し出してくれたのであった。「あ、ありがとうございます! い、いただきます!!」と、マグロの寿司をパクつく我々。なるほど確かにマグロの寿司だ。でも、でも……!!korehakorede

・いよいよ伝説的メニューの登場

その後に注文した「いくら」や「ねぎとろ」なども、ほとんど同じような展開で、家庭用冷蔵庫から産地直送で「おまちぃっ!」とやってきたのだが、最後に頼んだ寿司だけは違った。そのメニューとは……『アイスクリームロール(巻き)』である。

どんな寿司なのかというと、「かっぱ巻き」のアイス版だと思えば良い。こちらのアイスクリームロールは、大将の息子である私のクラスメイトも「ほんとに美味しいんだよ! GO君も是非食べてみてね!」と太鼓判を押す、伝説的な激ウマ寿司だ。icemaki

さあ来たぞ……とばかりに、「へい、アイス2丁で! あいよぉっ!!」と、腕をまくる大将。心なしか、これまでにないほどイキイキとしており、自信に満ち溢れた表情をしている。“ついに得意技が炸裂する時が来たか” 的な雰囲気だ。ドキドキ……!!

職人の顔つきになっている大将はいつものようにクルリとターンし、家庭用冷蔵庫(白)と対峙して、おもむろに……いつもとは違う扉を開けた。冷凍庫だ!! さすがに声には出さないが、もう大将の一挙一投足に夢中になっている私とN君。

そして大将が冷凍庫からゴソッと取り出したのは……『レディーボーデン(ロッテ)』のバニラだった! きっとこれも東急ストアからの産地直送!! しかし私は「レディーボーデンというチョイス……大将、わかっているな」と、ニヤリとした。ladyborden

カレーライス用みたいな大きなスプーンでアイスをすくい、流れるような手つきで “巻き” にしていく大将。そして「スッ、スッ」と一口サイズに包丁を入れ、「へい、アイスクリームロールおまちっ! 溶けちゃうから急いで食べてね」と大将。

かくして、その味は……クラスメイトの推し通り、なんだかよくわからないけど美味かった。邪道すぎるけどウマイのだ。メチャクチャなんだけどウマイという、実に不思議な味がした。ちなみにこの回転すし屋は、その後まもなく店を閉じた。

執筆:GO羽鳥
イラスト: マミヤ狂四郎
Photo:RocketNews24.

▼今でもはっきりと思い出す
tamachanill
▼レディーボーデンだいすき

▼バニラにカルーアミルクたらすと美味しいよ!

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