本日2021年9月21日は「中秋の名月」。しかも、今年は8年ぶりに中秋の名月と満月が重なるのだそうだ。そこで今回は「月」にまつわる記事をお届けしよう。

ご存知だろうか。実は静岡県浜松市には世界で一番「月」に近い場所があることを。というか、月そのものがあることを。なんともロマンチックな話なので、実際に行って確かめてみることにした。

・驚きの標識

その場所は静岡県浜松市天竜区にある。

街中を抜けて国道152号線を北へ向かって走り続けると、左側に天竜川が見えてくる。エメラルドグリーンの静かな川。下流に船明(ふなぎら)ダムがあるため、普段は非常に穏やかなのだ。

トンボが飛び、鳥がさえずり、川から涼しい風がただよう。浜松市内とは言うものの、中心街の喧騒からは想像できないほどに穏やかな景色である。

船明隧道の手前、左側へ分かれる側道が見えてきた。側道へ入れば、それはあるらしい。


んっ……?

「月 3km」


え?? 月まで3km!?


冗談みたいな話なのだが、道路標識が「月」までの距離を案内している。

近すぎるだろ! 思わずつっこみたくなる。

しかし、付近を見渡してみても月らしいものはなにもない。そもそも月らしいものってなんだ? よくわからないが「月まで3km」と言っているからには、3km進めばわかるはずだ。


・穏やかな時間が流れる月集落

しばらく走ってみると「月部落の由来」という石碑があり、そのすぐ先には小さな集落が見えた。

そう、月とは星ではなく、この付近を指す地名であった。


石碑によると、南北朝時代に楠木正成に仕えた源氏一族の鈴木左京之進が、12人の家子郎党(いえのころうとう:武家社会における主人に対する一族、ならびに家臣)をつれて落ち延びたのが始まりということだそうだ。

「月」という地名の由来は諸説あり、楠氏の心の清らかさを中空の月にたとえ、それを心のよりどころとして地名に残そうとした説。わずか12名になってしまったがやがて満月のように発展することを願って地名とした説が伝わっているのだそうだ。

目の前には静岡県道360号線の標識があり、確かに「浜松市月」と書いてある。


そしてその奥にある橋は『月橋』というそうだ。


間違いなく、月橋と書いてある。


・全国から「月」を目指す高校生たち

月には『天竜ボート場』がある。

新型コロナウイルスが流行する前年の2019年まで、ここでは全国高等学校選抜ボート大会が開かれていた。アポロが月を目指したように、ボートでここを目指す高校生たちがいるのだと思うと、なんだかロマンを感じずにはいられない。

主にボートを練習する団体向けの合宿施設である『湖畔の家』の館長にお話をうかがうと、毎年のように東海地方の強豪校が練習にやってくるのだそうだ。まさにボートの聖地のようなところ。


「みなさん月っていう地名に惹かれて来られるけどね、特になんもないからね」


なんて館長は笑いながら言うが、このきれいな景色を見ると、十分来た甲斐があると思うんだけどなあ。


集落内には、集落と同じく鈴木左京之進が開基したという海蔵寺がある。境内では住職が掃除をされていて、突然うかがったにもかかわらず暖かく迎えてくださった。

鈴木左京之進のお墓が残っている。


きれいに手入れをされた庭は空気が澄んでいてとても心地がいい。


門には「月光山」の文字。


・月があたたかく見えるはず

以上が「月まで3km」の標識の正体と集落の様子なのだが、最後に少し寄り道をしようと思う。

というのも、なんとあの標識をモデルにした『月まで三キロ』という短編小説、そして小説にインスピレーションを受けた『Tsuki』というお菓子があるということなのだ。

訪れたのは浜松市浜北区にある静岡県立森林公園 森の家。Tsukiはここで販売されている(後日聞いたのだが、月集落と天竜川を挟んで向かい側にある道の駅 天竜相津「花桃の里」でも販売があるそうだ)。

森の家はその名の通り、森に囲まれた宿泊施設。標高が高いので向かっているうちにどんどん気温が下がり、すっかり涼しくなった。にもかかわらず、けたたましくセミが鳴いているのだから不思議である。

さっそく売店に入ると……


しっかり並んでいる!


と思えば、隣には小説まであるじゃないか!


ちなみに小説は、人生に絶望した主人公が樹海を目指し、偶然乗ったタクシーの運転手に連れられてあの標識のもとへ行く話だ。わかりやすい起承転結がある話ではないが、心がほんのりとあたたまり、生きる力を与えてくれる素敵な物語である。

表紙のイラストは天竜川の上に浮かぶ満月。月があまりにも大きい理由はおそらく、本を読んだ方にはわかっていただけると思う。かつてもっと地球に近かった頃の月を表している……はずだ。


さっそく4個入り(税込648円)を購入して帰り、いただくことにした。

Tsukiは小説からインスピレーションを受けたというだけあって、デザインは違えども表紙と似たような雰囲気を持つ美しいパッケージだ。月まで3kmの標識と月の写真が使用されている。

開封してみると、月を模した黄色いチーズケーキが4つ並んでいる。


一口いただくと、外側のほろりとしたクッキー生地・真ん中の濃厚なチーズケーキ・そして浜松の名産品である三ケ日ミカンの風味が優しく伝わってきた。小説を読んだ後と同じ、あたたかい気持ちになるお菓子だ。


今日、確かに世界で一番月に近い場所にいた。そう思いながら食べるチーズケーキはコックリと心に染みわたった。

今晩の満月はきっと、いつもよりも暖かく見えるはずだ。

参考リンク:ヤタローグループ商品一覧
執筆:高木はるか
Photo:RocketNews24.
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▼湖畔の家のパンフレット。「週末はボートで月に来ています」というキャッチフレーズがオシャレだ。

▼昔ながらの合宿所といった懐かしい雰囲気。

▼競技用のボートはとにかく細長い。素人が乗ってもすぐに転覆してしまうらしい。

▼歩行者専用橋の『月島橋』も見つけた。

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