去る6月27日〜28日(一部地域では日程が異なる)、全国の映画館でZARD『What a beautiful moment Tour』特別上映が行われた。来年のデビュー30周年を記念したイベントだが、新型コロナウイルス感染症の流行に伴い公開中止になっていたものだ。

ZARDといえば『負けないで』『揺れる想い』『マイ フレンド』とミリオンヒットを連発した90年代を代表する女性アーティスト……なのだが、実をいうと、筆者は当時ファンではなかった。たくさんいた人気歌手の1人という認識で、特別な思い入れはなかったのだ。

しかも今回、最寄りの映画館では入館前に検温、マスク必須、グループで行っても隣同士に座ることはできず、半数程度に減らした収容人数という悪条件での上映だった。にもかかわらず、映画館で鑑賞した筆者は感動して身震いしてしまった。なにを思ったのかこれから記したいが、敬称略をご容赦いただきたい。


・『What a beautiful moment Tour』

映像は2004年に行われたZARD初にして唯一の全国ライブツアー『What a beautiful moment Tour』のフルHD化映像だ。あれだけのヒット曲がありながら、実にデビュー14年目まで全国ツアーを行っていなかったことに驚く。結果としてこのライブ映像は最初で最後の貴重なものとなった。

映画館の大画面と大音響で映像が映し出されると、まるで目の前でライブが繰り広げられているような錯覚に陥る。広くて暗い館内では効果は倍増だ。映像の中で聴衆がわっと沸くと、実際に自分の周りで何千人もの人が歓声を上げているよう。

しかし同時に、作品はライブの記録映像としての側面もあるので、ステージ裏や各会場の様子など、演奏以外のシーンが挟まれる。それを見ると、これは確かに16年も昔の映像であり、坂井泉水はもうこの世界に存在していないという事実を思い出す。過去と現在を行ったり来たりするような、不思議な浮遊感だ。

音楽の好き嫌いはともかく、映像の坂井泉水からは圧倒的なエネルギーが放たれている。誰もが知るヒット曲を次々と披露。すでに体調を崩していたとは思えない迫力だ。


・グラビアモデルの過去

最近になって筆者が坂井泉水に興味を持った理由は、もちろん絶対的に歌が上手いということもあるのだが、1人の女性として尊敬できるエピソードをいくつも知ったことだ。

ファンには有名な話だと想像するが、アーティストになる前、彼女はグラビアモデルだった。セクシーな衣装で女性としての魅力をアピールすることもあっただろうし、セミヌード写真集も出版している。

ZARDとしての透明感のある歌声や、黒髪の似合う清廉なビジュアル、メディアへの露出を抑えたミステリアスな雰囲気とは対照的な職業だ。イメージを大事にするアーティストにとっては、発掘されたくない「黒歴史」といっていいかもしれない。

しかし彼女はグラビアモデルだった過去を少しも恥じていなかったという。むしろ汗水たらして仕事を獲得してきてくれた当時のスタッフに感謝の心を忘れなかったそうだ。

このエピソードを知ったとき、彼女のイメージががらりと変わった。はかなげなイメージとは裏腹に、謙虚さと誇りを併せ持った、芯の強い女性だ。他にもスタッフ一丸となって『ZARD』というプロジェクトを築いてきたこと、人見知りでカメラが苦手だったこと、心を許した人にはとびきりの茶目っ気や気遣いを見せることなどを知った。


・体調不良の後半生

ライブが行われた2004年、すでに坂井泉水は体調を崩していた。子宮筋腫など複数の持病を抱え、晩年……というにはあまりに若いが、2000年以降は病気と闘った後半生だったという。

今回上映された映像でもMCや衣装替えはほとんどなく、坂井は直立不動。苦しく感じないよう、ゆったりとした服を着ていたという。ステージには所狭しと楽器が並んでいるのだが、激しく動き回らなくても変化が感じられるようにだとか。

しかし、歌声からは体調不良は微塵(みじん)も感じられない。むしろ生命の輝きともいえるような力強さがあふれている。

筆者も経験があるが、どんな強気な人からも病気は自信を失わせる。安全な未来を信じられなくなるし、常に自分を「大丈夫だろうか?」と疑うようになり、足下の地面が揺らぐような感覚だ。不安もあったと思うが、なんて意志の強い女性だろうか。

2006年には子宮頸がんが発覚。後に肺に転移。そんな中でもレコーディングを行い、新しい企画を考え、詞を書いていたという。

ライブからわずか3年後の2007年5月27日、入院先の病院での不慮の事故により逝去。享年40歳だった。突然の訃報に自死ではないかという噂も流れたが、彼女と親しい人々はみな否定している。


・ZARDは生きている

音楽にしろ物語にしろ絵画にしろ、すべての芸術は人の心を動かすために生まれるといえる。もっとも狭い意味では作者本人の心だし、逆に広くなれば時間や距離を超えて世界中の人の心を動かす。そういった意味では、真に作品が死ぬのは人々から忘れられ、誰の心も動かさなくなったときだろう。

インターネット上のファンの反応を見ると、今回の上映は過去のDVDの焼き直しであり、音質や画質という点では及第点ではなかったようだ。しかし、コロナ禍のさなかではあるが、こうやって全国で観客を動員し、大画面で鑑賞されて人に影響を与える……アーティストや作品として “生きている” ことは驚異的だと思う。

全国のほとんどの都市では日程を終了したが、東京、愛知、奈良など一部の地域では7月5日まで上映するところもある。もしそれらの地域にお住まいなら、ぜひ鑑賞をお勧めしたい。筆者は、30周年の記念イヤー、地方を含め全国で広く上映、感染症流行の小康状態など、いくつもの偶然が重なり、このタイミングで見ることができて本当に幸運だった。稀代のアーティストの冥福を祈りたい。


参考リンク:ZARD Official Website – WEZARD.net
Report:冨樫さや
Photo:RocketNews24.