かつて私は故郷を憎んでいた……。

幼い頃はよかった。しかし物心がつき、都会では『ミュージックステーション』なる番組が放送しているらしいこと、ジャンプの発売日が2日早いらしいこと、アムラーやシノラーがいるらしいことなどを知るにつれ「なぜこんな田舎に生まれちまった」という思いは強まっていった。

鳥取県日本一人口が少ない県。中でもとりわけ地味な倉吉市というところが私の故郷だ。人が少ないから仕事が少なく、仕事が少ないからさらに人が減る。地方が抱えるこの問題をどうにかしたいがどうにもならぬ。「いつかこの町を出てやる」と思うばかりの思春期だった。

念願叶って東京に住んでいる現在の私は故郷を憎んでいない。むしろ老後は住みたいとさえ考え始めている。……が、夢追う若者にとって「地方に生まれた」というハンデはやはりデカイと、毎月の家賃を支払うたび感じる。この気持ちは都会で生まれた人には分からないと思う。


ところでここ数年は地元に帰省するたび、街角でいわゆる「萌え系イラスト」のポスターなどが目につくようになっていた。よくある涙ぐましい町おこしの一環なのだろう。無駄無駄。そんなことしても観光客なんか増えっこない。今までだってそうだったじゃあないか……!

・それが、めちゃくちゃ増えてるらしい

しかし「めちゃくちゃ増えてます」と教えてくれたのは市役所商工観光課の職員さん。なにぶん狭い町であるから顔見知りなのだ。聞けばこの美少女キャラたちは『ひなビタ♪』という作品の登場人物で、3年前から倉吉市とコラボして町おこしに大きく貢献してくれているらしい。

私が「アニメ」だとばかり思っていた『ひなビタ♪』だが実は「音ゲー」なのだとか。それってダンスダンスレボリューション略してDDRのこと? と尋ねれば全然そういう次元の話じゃないらしく、「弱っちったな」という顔で詳しく説明してくれる職員さんだったが……


昭和生まれの私には全然理解できなかったよ!


『ひなビタ♪』がどういうジャンルの作品なのかは、各自でググる等していただければ幸いだ。

・架空の街と実在するモデル

ストーリーだけ短く要約すると、物語の舞台である『倉野川市』という田舎町を活性化させるためにバンドをやろう! と立ち上がった5人の少女が成長していくさま……という内容。ちなみに『ひなビタ♪』は彼女たちのバンド名で、正式名称は『日向美ビタースイーツ♪』だぞ♪

そしてその『倉野川市』のモデルって倉吉市なんじゃないの? と勘づいたファンが勝手に倉吉市を訪れるようになった(ファンすげぇな)。そんなファンの勢いが大きくなり、最終的に晴れて正式コラボに至ったという流れらしいが……ここで大きな疑問がひとつ。


なんで倉吉なの?


原作者が倉吉出身でないことは調べがついている。地方都市なんて山ほどあるのだ。よりによってここである理由がないではないか? ……ハハ〜ン……うまい話には裏があるもの。おそらくとんでもない額のカネが秘密裏に動いているとみた。我が故郷よ……やっちゃったな?

奇しくも私が帰省する折、『ひなビタ♪』のイベントが土日をまたいで大々的に開催されることが判明した。原作者や人気声優もゲスト出演するとあって全国から多くのファンが倉吉に集結するのだそうだ。

裏でどれほど汚いカネが動いていようとも、作品を愛するファンの皆さんに罪は全くない。よりによってこんな田舎に来るハメになってしまった『ひなビタ♪』ファンの怒り、悲しみ、憤りを、私は地元出身者として記者として受け止めに行かねばならぬ

・『ここなつミライまつり♪』だってよ♪

『ここなつミライまつり♪』と題された今回のイベント。『ここなつ』とは2人の姉妹からなるアイドルユニットで、日向美ビタースイーツ♪のライバルという設定だ。今回は姉妹の誕生日祝いもかねて『ここなつ』にスポットを当てたイベントなのである。変化球!

変化球なうえ大雨まで降っているというのに、町中いたるところには明らかに「それだな」と分かる人達が大勢ウロウロしている。なぜ分かるのかというと、この町では若者が徒歩で移動していること自体が珍しいから。

ゆかりの地やスタンプラリーを巡ったり、特設のひなビタ♪ショップで買い物したりしてファンはこの日を過ごすらしい。幼き頃からウンザリするほど歩いたこの道やあの店が「聖地だ」と言われても、正直ピンとこないんスけど……。

・ファンの人にきいてみた

故郷に対して自信がない私は、思い切ってファンの方を捕まえて話をきいてみた。ねぇ……本当に楽しんでる? 「せめて岐阜くらいだったら来やすかったのに」って思ってない……?

千葉県からご来場の男性は、今回が倉吉へ11回目の訪問だと……じゅ11回!? 「元気がない町を盛り上げる」というストーリーと楽曲に惹かれたという彼は、つづけて「駅前にパープルタウンっていう施設があるんですけど……」と語り始めた。

いや知ってるけれども! この街唯一の商業施設・パープルタウン略してパータンのことはよーく存じておりますけども、まさか千葉の人に教えてもらう日が来るとは思わなかったよ!

「パータンで行われたイベントなどに通ううち倉吉が好きになった」と、泣ける話を聞かせてくれた彼は8月に12回目の訪問を予定しているそうだ。

つづいては北海道や新潟などから集った仲良しグループの皆さん。「え……取材?」と、最初は怪訝そうにしていた女子たちが、私が倉吉出身だと聞くやいなや「うらやましいです!」と叫んだのには度肝を抜かれた。

「ついイベントに合わせて来てしまうけど、できればそうじゃない時にゆっくり来たいくらい」と、またも泣ける話を聞かされた。他に話をうかがった皆さんも「倉吉の魅力を語ろうとする」という共通の特徴を持っていらっしゃる。


・原作者に聞いてみた

地元のコネクションをフル活用して『ひなビタ♪』原作者のTOMOSUKEさんにもインタビューさせてもらった。神奈川県出身のTOMOSUKEさんは主にゲームミュージックを手がける作曲家で、多くの熱狂的ファンがいるらしい。

──どうして倉吉だったんですか?

“地方を舞台にした音楽モノ”を作りたいなと思って、どこをモデルにしようかと考えたときに倉吉が浮かびました。中学生のころに1度来たことがあって、印象がよかったので」

──えっ? そんな簡単な理由ですか?

「そうです」

──倉吉の何がいいんでしょうか?

「古い町並みが残っている。かといって押し付けがましくないところがいいです。知られていないけどイイモノを持っている」

──こんなによくしてもらって、いいんでしょうか?

「倉野川市は倉吉市と似て非なるモノですから。自分は作中で少しずつヒントを与えていたにすぎません。たとえば倉吉を訪れたファンが“作中で登場する喫茶店のモデルはここなんじゃないか”ってSNSで発信したことがあって。まぁ実際にはそこはモデルじゃなかったんですけど……今その喫茶店、ファンの交流の場になっていますからね(笑)。そういうの面白いと思いますね」

──先生は神ですか?

「倉吉は“地味だけどカワイイ女子”みたいな。そういう原石を見つけた感じですかね」


・体育館へようこそ

TOMOSUKEさんと『ここなつ』の人気声優(小澤亜李さん、日南結里さん)が登場するイベント会場は、なんと小学校の体育館。会場には県外から約400人のファンが集まった。

ヨソから来た出演者とヨソから来た客が地元トークを繰り広げる。話についていけない地元民(私)。そんな摩訶不思議空間は最後にTOMOSUKEさんの「それじゃあ皆さん、積極的に町の人と交流してください!」という言葉で締めくくられた。

はぁ〜い!」と元気よく答えるオーディエンス。縁もゆかりもないどこか遠くの人たちが、なぜかうちの田舎を盛り上げようとしてくれている。ワケをきいたら「いい町だから」という。う〜ん、そんな話ってあるのか。キツネにつままれた感じだ。

『ひなビタ♪』が縁で結婚したというご夫婦にも遭遇した。音ゲー好きのご主人は鹿児島出身で、倉吉を気に入り何十回も訪れたのだそう。次第に町の人たちと仲良くなり、ついに倉吉在住の奥さんとゴールインしたというのだからすごい。


ファンのみなさんの話をきいてみた結果「うちの田舎って最高だったんだ!」……とはならなかったけれど、「思ったよりいいのかもしれないな」という気は少しだけしてきた。

外からでないと気づけない魅力というのがある。考えてみれば昨年私は中国にハマり、あちこちで「中国最高!」と言って回っているが、中国政府からカネをもらっているわけじゃない。「中国のなにがいいの?」と言われることもある。それに近い状況と思えば納得だ。


今回、うちの田舎が聖地になっちゃったことは紛れもないスーパーラッキーである。この幸運が他の地方都市にも訪れることを祈っているが、確率はそう高くないかもしれない。地方出身の皆さん、とりあえず次に実家へ帰省した際には、故郷のよさを探してみてはどうだろうか。

参考リンク:ひなビタ♪公式ポータルサイト-Konami
Report:亀沢郁奈
Photo:RocketNews24.

▼地元伝統の倉吉絣の着物で登場してくれた声優のお2人

▼地元の古民家をグッズの販売所として活用

▼ファンの皆さんはカラフルなよそおい

▼地元の中華屋『新来軒』のオバチャンが名物町人になっているんだって!