キラびやかな光に照らされるステージを夢見て日夜リハを重ねるミュージシャンたち。だが、光があるところには影がある。昔から、売れないミュージシャンを食い物にする『詐欺レーベル』は後を絶たない。

夢を利用し、甘い言葉で、ただでさえ貧乏なミュージシャンから金をむしり取る鬼畜たち。そんな詐欺レーベルの実態に迫るべく、実際に騙されていた人物に話を聞いた

・音楽で生計を立てるミュージシャン

今回、「仮名で顔出しなし」という条件で話を聞かせてくれたのは、ミュージシャンの坂東太郎(ばんどうたろう)さん。アルバム数作を全国リリースし音楽で生計を立てる彼は、売れていなかった10年ほど前に詐欺レーベルにひっかかったことがあるという。

──まず、詐欺レーベルってどういった部分でお金を取るんでしょうか?

坂東太郎「やり口は色々あるんですが、プロデュースとか宣伝とかイベントとかリリースとか色んな口実で、本来ならかからない余分なお金をミュージシャンから巻き上げているところが多いですね。

ちなみに、レーベルと呼ばれてはいますが、エサにマネージメントを使うので事務所的立ち位置です。私が騙された詐欺レーベルはイベントを月1回くらいで開催しており、『ノルマ+α』で出演するのに6万円以上かかりました

──なぜ、そこに所属しようと思ったんでしょうか?

坂東太郎「当時は、何が何でもミュージシャンになりたくてとにかく焦っていました。その割にライブハウスから誘われるイベントは客がいないものばかり。全出演バンド合わせて0人の時もあったし、3人くらいお客さんがいても、全員が出演バンドの友達ということもよくありました。

ライブを続けても、お客さんが増えるどころか新しい人に見てもらうことも叶わず、ノルマとして3万円くらいが飛んでいく。もう音楽が良い悪いの問題ではないなと思い、なんとか状況を打破したくて色んな事務所やレーベルに資料を送っているうちに連絡が来たのがそこでした」

──そこから所属まではどういった感じで進んだんですか?

坂東太郎「まずは、レーベルのミーティングに呼ばれましたね。ミーティングは、新宿歌舞伎町の喫茶店の会議室を貸し切って行われていて、参加してみると所属のバンドマンがたくさんいました。

全部で10バンドくらいだったかな。そこで、同じ志を持った人に出会えたことに少し安心しました。これだけの人が所属しているということは信じられるのかもしれない……と」

──確かに、それは安心してしまうかもしれないですね。

坂東太郎「しばらく待っていると、レーベル代表が表れミーティングが始まりました。仮に山田さんと呼びます。山田さんは、日サロで焼いたような浅黒い肌をした恰幅が良い男性で当時40才くらいでした。第一印象で『サーファー崩れっぽい』と思ったことを覚えています」

──聞いている分にはめちゃくちゃ怪しいんですけど

坂東太郎「そうですね(笑)確かに、当時も山田さんの風貌には面喰らいました。ただ、詐欺をやる人が、怪しかったら商売あがったりじゃないですか? なので、逆に信じられるのかなあ、と」

──また、信じる方向に……。

坂東太郎「多分、あの頃の私は、何かよりどころが欲しくて仕方なかったんです。信じたかった。嘘かホントか掴んだツテが、またゼロに戻るのが怖かったんです

──なるほど。話を戻しますが、ミーティングって何をするんですか?

坂東太郎「基本的には山田さんがホワイトボードの前に立って話をするのを全員で聞く感じです。レーベル、事務所の違い的な業界の仕組みと、山田さんがバンドデビューした時の経験などを交えて2時間くらい独壇場で話してました。今考えるとセミナーみたいですね」

──何か心に残っている話はありますか?

坂東太郎「忘れられないのが、山田さんがデビューした時のエピソードです。山田さんはB’zが大好きで、同じ事務所の『Being』からデビューが決まった時は、相棒のボーカルと商店街を叫びながら走ったって言ってました。

そのボーカルさんはもう死んでしまったらしいんですが……それだけは嘘じゃなきゃいいなと思います。あと、『九州男児だから曲がったことが嫌いな人情の男』というようなことも何回も言ってましたね」

──聞けば聞くほどにうさんくさい……。

坂東太郎「ちなみに、ミーティングの最後には会議室の賃料として1人2000円くらい取られました」

──それもうアウトでしょ

・所属のきっかけ

しかし、この後、坂東太郎さんはそのレーベルの所属となる。きっかけは、レーベルイベントを見に行ったことだったという。

坂東太郎「レーベルイベントにはちゃんとお客さんがいたんです。今考えたら、高すぎる出演費の足しにするため、他のバンドも必死でかき集めてたんだと思うんですが、とにかく、普通にライブが好きな人が見に来ていて。

普段のライブハウスのブッキングよりはまだチャンスはあるかもって思ったんですよね。何も変わらないライブに疲れ果てていたので、そういう人達の前で演奏できるだけで嬉しかった。未来のことを考えたら出演費も払えるレベルかと。

あと、業界関係者が審査員みたいな感じで呼ばれているのも大きかったです。それまでいくらアプローチしても連絡のなかった業界人が見てくれるだけでも前進に感じました」

──なるほど。そういうエサがあったわけですね。

坂東太郎「また、イベントによく出ている人達はレーベル内でもちゃんと立ち位置があってバンド同士の仲も良く、審査員にも覚えられてました。上の方に認められたら何かあるかもしれないという期待感はありましたね」

レーベル所属となりイベントに出始めた坂東太郎さん。しかし、意外な落とし穴があった。イベントに出てみて初めて分かった落とし穴とは一体? さらには、事務所に呼ばれた坂東太郎さんを待っていた光景とは!? 衝撃の続きは次ページで!

Report:中澤星児
Photo:Rocketnews24.