毎回「頭の体操クイズ」を楽しみにしている人も多いと思う。クイズの出題をお願いしている高橋晋平氏は、ゲーム開発者である。そんな高橋氏が2017年5月14日に、新しいカードゲーム『民芸スタジアム』を発売することとなった

このゲームは47都道府県の民芸品を手札に戦うカードバトルゲームである。制作には想像もつかないような苦労を伴ったそうだ。今回はそんな開発の苦労と共に、ゲーム開発の裏側を、高橋氏自身に紹介して頂きたいと思う。

・民芸品を戦わせるカードバトルゲーム

以下は、高橋氏による寄稿である。

こんにちは、高橋晋平です。今回はクイズではなく、僕が手掛けた新しいカードゲーム商品『民芸スタジアム』について、お伝えしたいと思います。このゲームの開発には、約1年かかりました。ゲームのコンセプトは、“全国47都道府県の民芸品を戦わせ合う” という前代未聞のものです。

47枚のカードとサイコロを使って、自分の民芸(手札)を増やしながら、相手の民芸を攻撃して減らし、先に自分の民芸を一定数そろえた人が勝ちになる、2~4人用のゲームです。カードのじゃんけんマークと数値と能力、そしてサイコロの出目の状況に応じて、一番いい戦略を実行することがポイントになります。

この商品を作ったのには理由があり、開発には様々な苦労や喜びがありました。その開発秘話を紹介しましょう

・開発のきっかけ

ちょうど1年前の5月、僕は、乙幡啓子さんという「ほっケース」などで有名な妄想工作家と出会い、シュールな商品開発者同士で意気投合し、新宿の純喫茶でお茶しながら「何か一緒に作れたら面白いですね」という話をしていました。

お互いに自分の商品は散々作っていたので、一緒にやるなら、お互いに持っていない部分を補い合ってすごいものを作ろうということになりました。

乙幡さんは、日頃の作品に「邪鬼」とか「神話」とか「変な生き物」とか、僕にはわからない世界観を持ち込んで異常な作品を作っていました。一方僕は、ボードゲームやカードゲームのルール開発のプロです。そこで、まったく新しい世界観で、かつ大ヒットするカードゲームを作ろう、ということで話がまとまりました。

ブレストしていた中で乙幡さんから出てきたキーワードが『民芸』でした。いわゆる、「こけし」や「だるま」、「木彫りの熊」のような郷土玩具です。僕は長年、民芸品に触れたことがなかったので、とりあえずサンプルを店に見に行くと……。

「すごい。すごすぎる……」

プラスチックの量産品ばかりを作っている僕にとって、民芸品のクオリティは衝撃でした。1つひとつが手作りで、塗装も綺麗。デザインも秀逸。それでいて価格は数百円から数千円。野暮な言い方をすると、絶対利益はとれていないでしょう。しかし、僕は完全に民芸品のとりこになってしまいました。全国各地の民芸品を集めてカードにしよう。

でも「かるた」のようなものだと全然面白くない。そこで出たアイデアが、民芸品をクリーチャー(生物)に見立てて戦わせ合う、カードバトルゲームというものでした。「こけし VS だるま VS 木彫りの熊」……。各県の民芸に能力を持たせ、それを駆使しながら相手を攻撃し、勝利する。そうすると、民芸に愛着もわく。

「民芸バトル」というコンセプトの面白さに興奮しました。

・開発に立ちはだかった、大きな壁

ゲーム開発は、「ルール」と「デザイン」を調和させながら同時並行で作っていきます。今回の場合、まずは民芸品の画像素材の入手が必要でした。

はじめは、どこかの博物館に全国の民芸品が所蔵されていて、そこから一度に借りればいいのかな、などと思っていましたが、友人の弁理士に話を聞くと、権利はあくまで「作り手」にあるので、作った人などの権利者に1人ずつ許諾を頂かなければいけないとのことでした。

早速僕は、インターネットで全国各地の民芸品を探し、都道府県ごとにリストアップして工房や自治体に依頼の電話をかけていくことにしました。しかし、その作業は想像を絶する過酷なものでした。

高橋 「民芸品をバトルさせるカードゲームを開発したく、そちらで作られている民芸品をお借りしたいのですが。」
作り手 「は?」

なかなか理解してもらえないのです。「バトルって何? 戦わせ合う?」、「大切に作ってるから、そういうふざけるのはちょっと……」。確かに、1つひとつ愛情を込めて作られた民芸品を戦わせ合うというコンセプト自体、不謹慎なのかもしれないと思いました。

しかし、僕たちは悪ふざけでこれを作りたいと思っているわけではありません。民芸は素晴らしい。全国各地、作り手によってそれぞれ違う魅力のあるデザイン。これを一挙に集めてたくさんの人に伝え、楽しんでもらいたい。そのためには、「かるた」じゃダメだ。民芸バトルなんだ!

その想いをこめた企画書を作り、電話した後にそれを送って、また連絡。ファミレスにこもって、リストを見ながら全国に電話をかけ、丸1日かけて1件もOKをもらえなかった日もあり、その時は「いったい何をやってるんだろう……」という虚無感と、すごい不安感に襲われました。

しかし、ひとつ、またひとつと、掲載OKを頂けると、商品が一歩ずつ完成に向かっている充実感と、企画を理解して協力してくれた職人さんたちへの感謝の気持ちで満たされていき、だんだんと掲載交渉が楽しくなっていきました。

・メールは当たり前じゃない! 驚きの連絡手段

最も苦労し、勉強になったのは、連絡手段として「Eメール」は当たり前ではなかったということです。企画書やデザイン確認のお願いをするときに、「メールアドレスを教えていただけますか?」と聞くと、「メール……?」となるわけです。

結局、メールで連絡を取り合えた人は全体の半数くらいで、あとはFAX、もしくは郵送。ですから、何回も手紙と企画書を送っては、返事がなく、しばらくして電話を掛けると、「よくわからなかったのでもう一度送ってください」と言うようなやり取りが続いたりもしました。

・「“カイイン” でお願いします」ってナニ?

そんな中、あるご年配の職人の方に、いつものように電話で「企画書をお送りしたいので、もしあればパソコンのメールか、なければFAXでも郵便でも……」と聞くと、「カイインでお願いします」という返事が方言交じりで返ってきました。

「カイイン……ですか? それは、郵便の一種とか、ですか?」 。……しばらくやり取りをしていて、やっと気づいたのですが、カイインというのは僕の聞き間違いで、その方は「LINEでお願いします」と言っていたのです。メールは使えないが、LINEは使える。そんなはずはないという先入観からの聞き間違いでしたが、仕事の仕方は都内でも地方でも、徐々に変わっているのかもしれないなと思いました。

・最後に残った県

そして半年間にわたる、全国の民芸探しと交渉作業により、とうとう47都道府県のうち、46カ所にOKを頂くことができました。残った県は、「岐阜」。岐阜にももちろん様々な民芸品がありましたが、全て断られ、どこを探しても、もうまったく情報が見つからないと、途方に暮れていました。

そんな時、取引先の人から、“退職して地元に帰って起業します” という報告メールを頂きました。「地元どこなんですか?」と聞くと、「岐阜です」という返事が……

岐阜! 奇跡が起こった! 僕は思わずその人に電話をかけました。「実は今、民芸を戦わせるゲームを作っていて……(中略)、岐阜は全滅してるんです。岐阜の民芸品を教えてください! お願いします!!」と。

すると、その方が、岐阜には養老の滝があり、そこでひょうたんを作っていると思う、という情報を教えてくださり、そこのひょうたん店にお願いをしたところ、快くOKを頂くことができたのです。こうして、各都道府県1点ずつ、47種類の民芸が揃い、ゲーム開発は進んでいくことになりました。

・ゲーム開発の肝は、とことん続けるバランス調整

民芸掲載の許諾作業と並行して、ルールの調整にも約1年を費やしていました。画用紙にカードのステータスを書き、1人2役、あるいは1人4役で対戦しながら、ルールに矛盾点やバランスが悪いところがないか、もっと面白くできないかを、他の仕事の合間にひたすら調整し続けました。

さらに今回は、各カードの能力を、民芸の特徴になぞらえたものにするという世界観のこだわりもあったため、民芸の種類とルールの整合性をとる作業は本当に大変でした。ゲームルールの調整作業は、一言でいうと「睡魔との戦い」です。ロジックを考えて検証する作業は、脳をとても疲れさせ、眠気を誘います。

だから、長時間連続でやらずに、隙間時間にこの作業を行うために、カフェなどで試作の画用紙を広げてコツコツとバランス調整を行っていました。

この商品は、ゲームファンだけでなく、普通の家族に遊んでほしいゲームです。大人も子供も高齢者も一緒に楽しめて、民芸が好きになり、かつゲームを極めた玄人は戦略を極めて競い合える奥深さを持たせたかったので、あらゆる年齢層の親戚をかき集め、何度もプレイさせ、最後は乙幡さんやデザイナーの方、後輩などと繰り返しテストプレイをして、印刷所に入稿するギリギリまで調整を続けました。

・人を巻き込んで作った商品は強い

僕は今回、これまで開発したどの商品よりも、たくさんの人に関わり、力をお借りしてこの商品を完成させることができました。全国津々浦々の方とお話させて頂くうちに、民芸の作り手の方々は、とにかく自分たちの民芸を愛していることが伝わってきました。

ある方には、「うちの商品は日本一であると自負していますので、強力なカードにして欲しいです!」とリクエストされたり、またある方には、「このように地域を盛り上げる取り組みは素晴らしいと思います。ですから、このようなカードゲームもいいんですけど、『ポケモンGO』みたいに、街に民芸が出てくるスマホゲームをどうか作ってください!」と提案されたり。

とにかく、民芸に携わっている方は、熱く、温かい方ばかりでした。

商品は、1人では作れないと良く言われますが、本当にその通りです。それは、クリエイターが協力して作るという意味ではなく、お客さんやファン、友人や協力者、全ての関わる人と一緒に作らなければ、人を幸せにする商品はできないということです。

民芸品はどれも、いろいろな願いを込めて作られており、それぞれにご利益があるのですが、それを47点一挙に収録した「民芸スタジアム」には、47倍のご利益があるのではないかと思っています。それは、この商品にも本物の民芸品と同じように、作り手1人ひとりの想いが込められているからです。

・5月14日「ゲームマーケット」で披露

こうして完成したカードゲーム『民芸スタジアム』。定価2000円(税別)で5月14日より発売されます。販売サイト「妄想工作所 公式ウェブショップ」で販売受付中です。

また、同じく5月14日に東京ビッグサイトで開催されるイベント「ゲームマーケット」でも、「妄想工作所ブース」(番号L35)で販売され、僕と乙幡啓子さんも、当日遊びに来て下さった皆様にレクチャーさせて頂きます。

全国の民芸品の作り手と、僕たちの魂を込めたこのゲームを、遊んでみて下さい。

──以上である。

・5月28日には高円寺でも

いかがだっただろうか。どんなゲームにも、制作の過程で大きな苦労が伴うだろう。今作のように、民芸をテーマにしていると、製作者に承諾を得るだけでも、大変な時間と手間がかかる。

今回紹介した制作秘話を踏まえたゲームの体験イベントが5月28日に高円寺パンディットで開催される。14日の「ゲームマーケット」に行けない! という人は、28日もチェックして欲しい。

参考リンク:ゲームマーケット高円寺パンディット
協力:高橋晋平
執筆:佐藤英典