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オジサンの私(佐藤)は、あまり近頃のゲーム事情に詳しくない。2016年に流行った『ポケモンGO』に速攻で飽きて、アプリを早々と捨ててしまったくらいだ。そんな私が、あるゲームの話題に目を奪われた。それは、ブラウザゲーム『文豪とアルケミスト』である。実在した文豪がキャラとして登場するシミュレーションゲームだ。

2017年2月15日に、新しいキャラとして「坂口安吾」が登場するという。おそらく今の若い人は安吾のことをあまり知らないかもしれない。そこでぜひとも読んでみて欲しい作品を5つ紹介しよう。

・無頼派と呼ばれた

このゲームには芥川龍太郎や太宰治、夏目漱石など、まさに文豪と呼ばれた作家たちが、キャラとして登場している。安吾もまた戦前・戦後に活躍し、織田作之助や檀一雄らと共に「無頼派」と呼ばれた作家のひとりである。20歳前半で安吾にどっぷりとハマった私は、一時安吾の作品ばかりを読みふけっていた。

・豪快なだけではない

文豪とアルケミストの公式Twitterには、安吾の説明として「破天荒で細かいことは気にしない豪快な性格」とある。たしかにそう言われているのだが、それだけではなく、大胆にして繊細。豪快にして緻密。酒とドラッグで自らを壊して行った生き方の裏には、心根の優しさと、終生にわたって拭いきれない寂しさが感じられた。おそらくゲームでは、激しい側面の安吾を活かしたキャラ作りが行われるのかもしれない。

さて、紹介したい作品は5つ。まず最初に私がもっとも好きな作品を紹介したいと思う。

・おすすめしたい坂口安吾の作品5選

1.ジロリの女~ゴロー三船とマゴコロの手記~

この作品を何度読み直したかわからない。後半の一節は暗記してしまうほど繰り返し読んだ作品だ。この物語は、インチキ新聞屋の三船の半生を描いた物語。彼を取り巻く人間模様は決して美しいものではない。彼自身が嫉妬にまみれて、恨んだり恨まれたりの繰り返し。そのクセに、女を口説くことにおいては、人生を賭けるような勢いの情熱を燃やしている。本当に人の汚い部分を繊細に描き出した怪作だ。

だが、そのドロドロの人間模様のなか、驚くほど美しい側面が垣間見えてくる。その表現の美しさに、思わず胸を打たれて感動を覚えずにはいられない。人間の実相をこまやかに描いた傑作である。

参考リンク:青空文庫『ジロリの女』

2.風と光と二十の私と

20歳の頃に代用教員として、小学校に赴任していた時の思い出を、安吾が振り返りつづった作品。20歳の安吾は、自らを「老成」と表現している。妙に達観していて、年老いたような悟り切った思考をしていたそうだ。私自身も覚えがある。妙に落ち着こうと心に誓って、何でもわかったような顔をして、物事に接していた時期が。

作品の中で安吾は、小学校の子どもたちを通して、人間の実相を学んでいたように見受けられる。たとえばこの一節。

「子供の胸にひめられている苦悩懊悩は、大人と同様に、むしろそれよりもひたむきに、深刻なのである。その原因が幼稚であるといって、苦悩自体の深さを原因の幼稚さで片づけてはいけない。そういう自責や苦悩の深さは七ツの子供も四十の男も変りのあるものではない」

人の心の奥底にある真実を突きつけられて、ハッとしてしまう。この作品からはいまだに学ぶことが多い。

参考リンク:青空文庫『風と光と二十の私と』

3.私は海をだきしめてゐたい

この作品もまた繰り返し読んだ。冒頭部分、自らのずるさに対して、説明する表現が非常に秀逸だ。これほどまでにわかり易く、ずるさを説明する文章はあるだろうか?

「私はいつも神様の国へ行こうとしながら地獄の門を潜ってしまう人間だ。ともかく私は始めから地獄の門をめざして出掛ける時でも、神様の国へ行かうということを忘れたことのない甘ったるい人間だった」

誰でも善良であろうと思いながらも、ちょっとくらいならとその思いに反することをするだろう。ダイエットの時などでも「ちょっとくらいなら」と甘いものを食べたりするものだ。そのずるさを、天国と地獄に例えるところは非常に巧妙だ。さらになお、この表現について自らを評する。

「私は悪人です、と言うのは、私は善人ですと、言うことよりもずるい。私もそう思う」

ずるさの真相を自ら告白し、「こう指摘される」と知ったうえで、なおも「私もそう思う」と開き直るところが痛快だ。

参考リンク:青空文庫『私は海をだきしめてゐたい』

4.三十歳

安吾を語るうえで、忘れてはいけないのが作家・矢田津世子の存在である。彼女とは6年の間、交際関係にありながら、1度口づけを交わした後に絶縁してしまう。この『三十歳』でその時の出来事を追想している。

最後に会った日の夜に、2人は唇を重ねるのだが、心が通い合わないことを悟った安吾は、彼女とわかれた後に絶縁の手紙を書いて投函してしまう。やむにやまれぬ思いから、衝動的にそうしたことが良くわかる。いや、衝動的というよりも、何か合理的な言い訳をつけてこの恋から逃げ出す様子がうかがい知れるのだ。

身勝手で乱暴な決断をしている反面、それほどまでに恋い焦がれて、逃げ出すように絶縁状をしたためた安吾に、人間的な愛らしさが見える。

参考リンク:青空文庫『三十歳』

5.吹雪物語

この作品を執筆することに、安吾は苦労し続ける。矢田津世子と絶縁した後に、2人の恋愛をテーマにこの作品の執筆にあたるのだが、思うように作品を書き進めることができず、何度も体調を崩す。

そして出来上がった作品を読んでみると……。重い、めちゃくちゃ重い。書いた安吾も苦労しただろうが、それを読む読者もめちゃくちゃ苦労する。気が重くて全然読み進めることができない。そして最後は、安吾の苦悩が感じ取れるラストが用意されている。個人的には、人生で1・2を争う重い作品だ。

参考リンク:青空文庫『吹雪物語』

──以上、5作を紹介した。このほかに有名なのが、『堕落論』や『白痴』、『肝臓先生』などがあるだろう。読みやすい作品として、『肝臓先生』から入るのも良いだろう。このゲームキャラ化をきっかけに、多くの人が安吾の作品に触れることを願っている。

参照元:Twitter @BunAl_PR
執筆:佐藤英典
イラスト:RocketNews24