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年2回開催される、日本最大規模の同人誌即売会「コミックマーケット」。今年も、2016年8月12~14日の日程で東京ビッグサイトで開催され、53万人もの人々が来場したそうだ。毎回コスプレばかりが話題になるのだが、当然コスプレばかりがコミケではない。

私(佐藤)は販売されている書籍をいろいろと見て回ったのだが、もっとも変態(良い意味で)な書籍を発見した。それは円周率が延々とつづられた『月刊円周率』である。一体なぜ、このような書籍を作ったのだろうか? 発行元の「暗黒通信団」にお話を伺った。

・円周率をつづる月刊誌

円周率とは、小学校の時に習う算数のアレである。「3.14」で習った人もいれば、「3」で習った人もいる、「Π(パイ)」で表される数学定数だ。終わりなく続く数字の羅列、それを月刊誌として発刊しているのが、暗黒通信団である。コミケの会場で私が見たなかで、もっともエッジが効いているというか、まともじゃないというか……。やはり良い意味での変態である。

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一体なぜこの書籍を作っているのだろうか? そして、読みどころがあるとしたら、どこら辺なのかを率直に尋ねてみた。

・月刊円周率を発刊する「暗黒通信団」へのインタビュー

Q1. なぜ円周率を月刊誌として出そうと思ったんですか?

A. 「以前から何か、月刊誌みたいのを出してみたいとは思っていたんですよ。ただ、継続刊行できるだけのマンパワーが足りない。なんせ暗黒通信団は同人誌サークルですし、面倒くさいのはキライですからね……。

で、円周率だったらかなりの部分を自動編集できるよね、っていうことに気づいて、せっかくだからISSN(国際逐次刊行物番号)も取って出してみようと。それ以前(1996年)から『円周率100万桁表』という本を出していたんで、“円周率の人たち” っていう認知もあったもので」

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Q2. 月刊円周率はいつから発刊しているのでしょうか?

A. 「2009年の11月が創刊号ですね。途中休刊の時期があったんですが、2012年に復刊しました。復刊最初の号に『日本タイトルだけ大賞』を頂きました。バックナンバーは国立国会図書館法にのっとって、すべて国会図書館に納本していますので、20歳以上のどなたでもお読み頂けます」

Q3. 100万桁以降を掲載している理由は?(月刊円周率に掲載されている円周率は100万桁以降からになっている)

A. 「創刊号は、“3.14……” から始まってるんです。ところがすでに100万桁表を出していて、同じ内容をなぞってるので『出版を舐めてるのか』ってえらい人に怒られまして休刊。

で、2012年はじめに池袋のジュンク堂書店様でフェアを開いて頂くことになり、なんかずらっとタイトルを揃えないと格好悪いし、折しも『円周率は無限に続くのに100万桁で切ってしまうのは真実を表していない』っていう読者様からの指摘があったんで、それなら『100万桁以降を掲載して復刊すればいいじゃない』ってことになったんです。……こんな雑誌ですが、歴史があるんです」

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Q4. 本誌の売れ行きは良いですか? また固定ファンはいますか?

A. 「良いかと言われると主観なんですが、公称314部です。それ以上は刷りません。夏と冬のコミケットでは無料で配布しています。固定ファンは……、どうなんでしょう。Twitter とかまとめサイトではときどき晒されてますよね。Wikipedia にも項目があったような……。アンケートハガキでも入れようかな。あ、僕(編集)は皆さんに負けないファンですよ」

Q5. 最新号(9月号)の読みどころを教えてください

A. 「今回の号は円周率のストーリーとしては、比較的単調なところで、ダイナミックな場面転換などがないのですが、まずは最初のページの下から5行目にある “11111” でしょうか。今号では他に “22222” とか “33333” といった5桁の連続数は出てきません。“12345” も “54321” も “98765” もありません。こうした単調なところでは、読者が飽きないように編集後記を少し長めにするようにしています。

また、ヒロインの “314” や相方の “628” ですら1回も登場しないのは、逆に見どころかもしれませんね。普通は何度も出てきますから。あと、これはマル秘情報なんですが、行間のスペースを3.1415…ミリメートルと、6.283…ミリメートルに設定しています。細部にこだわるのは職人気質かもしれません」

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Q6. 本誌を作るにあたっての苦労は何かありますか?

A. 「やはり日本製にこだわっている点でしょうか。当団の発行する円周率は、皆様に安心してご利用頂けますよう、 中国産を避けて提供させて頂いております。ただ本年2月から、長引く円安のため円周率の調達コストが上がり、従来の掲載桁数を維持できなくなってしまいました。円周率を心待ちにしている皆様には、大変心苦しかったです。最近の円高基調で、また増ページも視野に入れております」

Q7. 逆に本誌を制作するにあたっての、醍醐味は何ですか?

A. 「醍醐味といえば、一歩一歩真理に近づいていく、まさにコーシー列(実数論の基本概念のひとつ)の上を歩いている感覚でしょうか。語り尽くすことのできない真理。休刊はあっても廃刊はあり得ないんです。256年後とかに世界政府とかが出来ていて、それでもまだ発行されていたりしたら面白いですよね」

Q8. これから月刊円周率を読むという人に何か一言お願いします

A. 「円周率は非可算無限個もある世界の真実のひとつであり、無限に続く物語です。世の中には『編集後記しか読むところがない』と言う不届き者もおりますが、心の平穏を乱す案件の多い世の中ですので、ぜひ素数を数えるときと同じように、本誌を使って円周率を唱え、時を超えて心の平安を得て下さい」

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インタビューは以上だ。まさか月刊円周率にそんな物語があったとは……。創刊に先立って発刊されていた、『円周率100万桁表』の影響で、月刊誌としてスタートした時に、偉い人に怒られて休刊したり、3.14 や6.28 を登場人物としてとらえて読み解いたり。また、円周率の調達に、円高の影響があったりなど、いろいろと苦労があるようだ。

それでも数字が続く限り、月刊円周率は続いていく。これはただの数字の羅列ではないことに、改めて気づかされる、深い内容のインタビューであった。いずれの日にか、暗黒通信団は真理にたどり着くことになるのだろうか? もしかしたら、100年後200年後に、彼らの継承者がその道に至るのかもしれない。

取材協力:暗黒通信団
Report:佐藤英典
Photo:Rocketnews24