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以前の記事で、経営者から閉店を迫られているインドレストランについてお伝えした。そのお店シャンティ(Shanti 池袋、大塚、巣鴨、駒込で5店を展開)は、2016年6月20日に閉店することを経営者が決定した。しかし、従業員には未払いの賃金があり、店が閉店すると従業員たちは生活をすることができなくなってしまうという。

一体どうしてこうなったのか、今までの詳細な経緯については不明だ。従業員側に事情を聞くことができたものの、経営者とは一切連絡がつかなくなっている。そのうえ、6月17日にはお店のホームページに「閉店いたしました」との文言が掲載されてしまった。

実はここに至るまでの間に、経営者から通告書が渡されていた。そして、従業員たちは経営者に要求書を送っていたのである。その画像を入手したので、お伝えすると共に、法律の専門家にこの2つの文書に関する意見を求めた。文書の内容は以下の通り。

・経営者が従業員に送った通告書

1.仕入れ行為をせず、直ちに店舗の営業を停止しなさい。
1.これまでの約1カ月分の売り上げを直ちに会社に引き渡しなさい。
1.2016年06月17日までに、店舗から退去しなさい。(シャンティ従業員に送られた通告書より引用)

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・従業員が経営者に送った要求書

1.未払いの賃金・残業代を払ってください。各自の金額はすでに池袋労政事務所を通じて通告すみです。15人で合計62,964,188円です。
2.6月20日までに話し合いの場をつくってください。こちらは通訳と代理人が立ち会います。
3.誠意のない対応がつづく場合は、労働組合の結成、裁判所への提訴なども検討させていただきます。なお、6月3日には巣鴨警察署に「未払い賃金は犯罪」として捜査を依頼しました。(シャンティ従業員の要求書より引用)

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両者の意見は真っ向から対立しているように見えるのだが、果たして法的に見た場合、どうなのだろうか? 労使問題に詳しいアディーレ法律事務所の岩沙好幸先生に、意見を求めたところ、以下の回答を得ることができた。

【シャンティの給料未払いおよび閉店問題について、岩沙好幸先生の意見】

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1.賃金を請求するに当たっての問題は以下のとおり

(1) 運営会社(以下「会社」という。)と従業員らとの間の雇用契約はどのようなものだったのか?

A 労働者が外国人であること等から、雇用契約書が作られていたとは考えにくい(仮に日本語で契約書が作られていたとしても、従業員らはその内容を理解できなかったのではないだろうか)。その場合、かつて支払われていた賃金の額等から、会社と従業員らとの間の合意がどのようなものであったかを推し量ることとなる。

「給料は月給制で20万~25万円くらいで、朝10時から夜11時までの13時間拘束・実働11時間(うち夕方2時間休憩)。休みは月に2~3日しかない」(証言より)とあるが、1日に8時間を超えて労働させることも、週1日の休日を与えないことも、労働基準法(以下「労基法」という)に違反する。雇用契約でこのような定めをしたとしても、労基法の規定に反する部分は無効となり、同法の定める条件に取って代わられる。

B 上記のような長時間の労働に対し、20万円~23万円程度の賃金しか支払っていないこととなると、最低賃金法の定める最低賃金にも及ばないことが明らかである。現在の東京都の最低賃金は1時間当たり908円である。月に11時間 × 28日 = 308時間働いていたとすると、支払われなければならない賃金の額は、概算で、次のようになる(1日8時間又は週40時間(月174時間)を超えた労働につき、時間外割増賃金が発生する)。

908円 × 174時間 + 908円 × 1.25 × 134時間 ≒ 31万円

※実際には、この他に深夜及び休日の両割増賃金が発生する。

したがって、この31万円から実際に支払われた金額を控除した額を、未払賃金として、さらに請求できることになりそうである。

(2) 従業員らの実労働時間はどれだけか? どのようにして労務提供の事実を証明するのか?
「1日11時間労働、休みは月2、3日」(証言より)というのはあくまでも従業員らの言い分である。本件が裁判所に持ち込まれたとすると、労働の事実は労働者の側で証明する必要がある。

使用者たる会社の側がどのような方法で労働者の労働時間を管理・把握していたか(使用者にはこの義務があるとされている。)は不明であるが、仮にこれが全くされていなかった場合、従業員らが●月●日の●時から●時まで労働したかということを逐一証明するのは、それほど容易でない店舗の営業日に、開店から閉店まで全従業員が労働していたというわけでもないだろう。

従業員らが互いに他の従業員の労働の状況について証言することは考えられるが、同人らが結託していると見ることはそれほど不自然でないし、実際に尋問を行うとなると言葉の壁も存在する。上記の月308時間もの長時間労働を毎月行っていたことを立証するためのハードルは、実は相当に高い。もっとも、「一定程度の時間外労働を恒常的に行っていた」程度の事実であれば、裁判所に認定させることは可能であろう。

(3) 家賃等としてどれだけの額を天引きすることになっていたのか?
上記(1)とも関係することであるが、たとえばAさんの場合には “「部屋代・水・光熱費・食費」名目で10万円が引かれ” ていたということである。会社が従業員に提供していたマンションの一室は、一種の社宅のようなものであったと思われる。

労働者だからといって当然に無償での住居の提供を要求できるわけではないから、家賃・食費・光熱費等に相当する額の支払をしなければならない。天引きされていた10万円という金額は、東京の物価に照らしてそこまで高額であるともいえず、同金額を家賃等として支払うこととする旨の合意が公序良俗に反するなどとして無効であるとは主張しづらい。

ここでも、会社と従業員との間で、住居等の提供の対価としてどれだけの金額を支払うことになっていたのか、合意の内容を推測する必要がある。もっとも、長期間にわたり10万円の天引きを受け入れていたのであれば、少なくとも事後的にはこれを受け入れたと見られても仕方ないであろう。

なお、労働者に支払われる賃金から住居等に関する費用を天引きすることは、労基法に定める賃金全額払の原則からみて問題があるが、いずれにせよ従業員らは受け取った賃金から費用を支払わなければならないから、あまり大きな問題ではない。

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2. 従業員らが外国人であることについての問題

従業員はインド又はバングラデシュから就労ビザ(技能)を取得して来日したとのことであるが、彼らがインド料理等の調理師として就労することを前提として在留資格を与えられたとは考えにくい。むしろ、他の技術(例えば IT関係)を活用して日本で活動するために在留していたところ、会社に調理師として雇われ、以後、それが生活の大半を占めるようになったと考えるのが自然である。

そうであったとしても、会社との間の雇用契約に直接の影響を及ぼすものではないから、従業員らには賃金債権が発生し、裁判上これを請求することは可能である。もっとも、従業員らが在留資格に対応する活動を行っていない(会社からも解雇されている)ことにより、彼らは本国への退去を強制される可能性すらある。彼らが発生したと主張する賃金を回収する前であっても変わりはない。

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3. 回収可能性についての問題

裁判所の判決や労働審判、調停、裁判外の交渉等で、会社が従業員らに対して一定額の賃金を支払わなければならないことになったとする(ちなみに判決による場合、「付加金」といって、未払割増賃金と同額の金銭の支払をも命じられることがある。未払賃金が計400万円、うち割増賃金(残業代等)に当たる部分が200万円あったとすると、計600万円支払わなければならないことがある)。

それでも会社が賃金を支払わない場合、会社の財産に対して強制執行することとなる。

なお、裁判外の交渉で合意がなされたにすぎない場合、改めて訴訟を起こすなどして、強制執行に必要な債務名義(判決等)を得る必要がある。会社の代表者であるB氏(運営会社社長)は、法律上はあくまでも会社とは別個の人格であるから、その財産に対して執行を行うことはできない。たとえば、B氏名義の不動産を競売に掛け、代金から賃金を回収するというようなことはできない。

会社名義の財産があるかどうかはよく分からない(実のところ、弁護士が一番苦労するのは、訴訟に勝つことではなく、このように取立てを行うことである)。シャンティは全店閉店した旨がウェブサイトに記されており、料理店以外の事業を営んでいるかも分からないこともあり、会社名義の不動産や債権があるかも、調べてみないと判明しないため、現状では効果的な調査の方法も見つけられない。

会社からの回収が困難な場合、取締役であるB氏の責任を追及し、同氏から取立を行うことは、理屈の上では不可能ではない。不可能ではないが容易でもない。弁護士を雇い裁判所に訴え出たとして、弁護士費用に見合うだけの額が回収できる確証は全くない。

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4. 労基法違反の罪等についての問題

従業員らは、賃金未払の事実を労基署に申告したとのことである。労基署が何らかの調査を会社又はB氏に行うことは考えられるが、強制的に賃金を支払わせるだけの権限はそもそもない。従業員らの話からすれば、労基署からの勧告があったとして、大人しく賃金を支払うとも思えない。

従業員らは、巣鴨警察署に「未払い賃金は犯罪」として捜査を依頼した旨述べている(要求書)。しかし、労基法違反の罪について一般の司法警察職員(いわゆる警察官)が捜査を行うことは通常ない。労基署の職員である労働基準監督官(労基法違反の罪について捜査権限を有する、特別の司法警察職員である。

逮捕や捜索を行うことも、法律上は認められている)が賃金未払の事実を知ったとしても、本件のような事案は(残念なことに)日本ではありふれているから、犯罪の捜査を行うことはほぼ考えられない。

従業員らがツイッター等で未払の事実を流布し、多くのネットユーザーがこれに同情的な視線を向けていたとしても、この点に変わりはないと思われる。

自分の身は自分で守るべきであるから、従業員らとしては、ネット上の不特定多数の人に頼るのではなく、自ら(弁護士を雇うなどして)裁判所に訴え出るなどすべきであろう。

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5. 会社から行われた通告について

(1) 会社からの通告書によれば、従業員らは、売上金を会社に引き渡さず、また、会社の指揮命令によらずに店舗を運営しているようでもある。これらの行為は業務上横領、威力業務妨害等の犯罪に当たり得る。

(マンションの一室とは異なり)従業員に居住することを許していないと思われる店舗で寝泊まりすることは、契約上の根拠なく建物を占有することに当たるから、本来占有権限を有する賃借人たる会社に対し、利得を返還しなければならないことになる。

(2) 会社は従業員らに対し、解雇を通告している。この解雇が有効であるか否かは大問題であるが、仮に無効であったとしても、彼らには就労を請求する権利はなく、賃金の支払のみを請求し得るのであるから、労務を提供するために店舗を占有するようなことは許されない。住む場所がないからといって、勝手に店舗で寝泊まりすることができないのはなおさらである。会社からの退去要求には従わざるを得ない。

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6. 総括

従業員らに同情すべき点があることは否定しようがないが、従業員らの側にも、労働時間の立証(要求書記載の未払賃金額である6296万余円がどのように算定されたのか、全く明らかでない)、店舗での寝泊まり、在留資格の関係で腰を据えて争うことが困難であること、現実的な回収可能性等、不利な点が少なからずある。会社やB氏から金銭を回収することは難しい。最終的に、形ばかりの金銭(1人当たり数万~数十万円)が支払われればよい方ではないか。

取材協力:アディーレ法律事務所 岩沙好幸先生(東京弁護士会所属)
執筆:佐藤英典
Photo:Rocketnews24