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“不沈艦” の異名を持つ元プロレスラー、スタン・ハンセン氏(66歳)のWWE殿堂入りが決定した。これはWWEが現地時間2016年3月21日に発表したもので、殿堂入り記念セレモニーはテキサス州ダラスのアメリカンエアラインズ・センターで行われるという。

日本では、おそらく「外国人プロレスラー」として史上最高の知名度を誇るハンセン氏だが、母国アメリカで成功したとは言い難い。それだけに今回の殿堂入りは、本人はもちろんのこと日本のハンセンファンも感慨深いことだろう。

・アメリカでは大成せず

元々はプロフットボーラーだったハンセン氏。その後テリー・ファンクの指導を受け、プロレスラーとしてデビューしたのは1973年のことだ。この時期、若かりし頃のジャンボ鶴田とテキサス州はアマリロでトレーニングに励んでいたことは、プロレスファンならばご存じのことだろう。

やがて1976年、WWEの前身であるWWWFに参戦。当時の世界ヘビー級王者、ブルーノ・サンマルチノの首を骨折させたことで、飛躍的に知名度は上がったものの、クラッシャーとしてのイメージが定着しアメリカでは実力に見合った活躍ができずにいた。

・日本で一時代を築く

その後、新日本プロレスに登場しアントニオ猪木と激闘を繰り広げ、1981年には田園コロシアムにて、アンドレ・ザ・ジャイアントと対戦。「人間山脈」と呼ばれた238キロのアンドレをボディスラムで投げきったシーンは、今なお語り継がれる伝説である

全日本プロレスに移籍してからは、ブルーザー・ブロディと超獣コンビを結成。ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田、天龍源一郎らとの戦いを経て、三沢光晴、川田利明、小橋建太らの厚く高い壁となった。

・史上最高のラリアット使い

2001年に引退するまでキャリアの大半を日本で過ごしたハンセン氏。一撃必殺「ウェスタンラリアット」は、今でもその威力を超える使い手は現れておらず、今後もおそらく現れないにハズだ。そう言い切れるほど、異次元の破壊力であった。

「ブレーキの壊れたダンプカー」と称されたように、リング上を縦横無尽に暴れまわったハンセン氏。だがリングを降りれば愛妻家として知られ、夫人は日本人である。今回の知らせは、プロレスファンとしてハンセンファンとして、これ以上ない朗報だ。

引退後、たまに来日する穏やかなハンセン氏も悪くないが、やはり暴れまわるハンセンも魅力的である。動画をご覧いただき、目頭を熱くしていただきたい。ウィーーーーーーーー!!

参照元:WWE.COMYouTube
執筆:P.K.サンジュン

▼YouTubeユーザー、 matsutakekun氏による「俺たちのスタン・ハンセン」。

▼YouTubeユーザー、 kyuuritomatodance氏による「不沈艦 スタン・ハンセン Part1」。

▼YouTubeユーザー、 kyuuritomatodance氏による「不沈艦 スタン・ハンセン Part2」。

以前の記事でもご紹介した、ウェスタンラリアット95連発。