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「さよならだけが人生だ」と作家・井伏鱒二が記したように、人生は別れに満ちている。しかし、別れに慣れることはなく、その度に新鮮に悲しいものだ。二度と会うことはないと分かっていても、相手の記憶の中では生きていたいと思ってしまうこともある。

そんなとき、あなたならどうするだろうか? ユーミンが歌ったように「憎んでも覚えてて」と、相手に強烈な感情を植え付けるだろうか? ところが今回紹介する少年と少女は、1つの約束を交わして、互いの思い出の中に生き続ける道を選んだのだ。

・家出中に出会った1人の少女

このお話は、ある29才の男性がネット上で披露したものだ。彼がまだ15才で、両親と喧嘩をして家出したときのことである。電車に飛び乗り、今後どうやって生きていこうか計画を巡らせていたところ、1人の少女と出会った。

彼女の名はアマンダ。彼らはすぐに意気投合し、楽しいひと時を過ごしたという。しかしその時間は永遠には続かず、2人を乗せた電車は終点に到着する。携帯電話も普及していなかった頃の話だ。再会することはないと知りながらも、彼らは別れることになる。彼が右に、彼女が左に進もうとしたとき、アマンダがこう言った。

「私になにか目標をちょうだい。簡単でも難しくてもいい。私は残りの人生をかけて、その目標を達成するように頑張るから」

・サヨナラのときに2人がしたこと

そんな突然の言葉に驚きながらも、少年は1つの目標を彼女に与えた。それは……「部屋いっぱいの観衆を前にして、アカペラで歌う」というもの。少女はその目標を快諾すると、彼にも「ジェイムズ・ジョイス著の『ユリシーズ』を読破する」という目標を1つ与えてくれた。彼も達成すると約束し、そうして2人は別れた。

・『ユリシーズ』を読むたびに立ちのぼる彼女との思い出

その後、少年は約束を守って『ユリシーズ』を読みはじめる。しかし、超長編かつ難解なことで知られるこの小説を読むのは容易ではない。それでも彼は、1ページずつ読み進めたという。

やがて彼は、この目標に「私のことを覚えていて」という少女の想いが込められていることに思い至った。なぜなら、本を開くたびに彼女の面影がよみがえってくるから。このことを知っていて、彼女は目標を与えてくれたのではないか? 

・他の人からも目標を課してもらうことを決意

実際のところ、彼女がどんな気持ちを抱いていたかは分からない。でも彼は構わなかった。そして他の人との出会いも、同様の方法で胸に刻んでいくことを決意。それ以来、人生を通して出会った多くの人々から、目標を授けてもらってきたという。例えば、以下のものがそうだ。

「1週間~1カ月の間、自分の食べる倍の量の料理を作るか買うかする。そして、他人と分け合う」
「寒い日に、水の中に飛び込む。ただし、事前に水温を確認してはダメ」
「真顔でとっても変な格好をして、外を歩き回る」
「ショッピングモールで10個のプレゼントを購入し、それを全く見知らぬ他人に贈る」
「スカイダイビングをする」
「大っ嫌いな5人の人に、好意と尊敬の念を伝える」
「誰かに腹を立てたら、5分間、気持ちを落ち着かせる曲を脳内再生する。そして落ち着いた状態で、自分が腹を立てた気持ちを相手に伝える」
「ジムで運動をしているとき、限界だと思ったところから、さらに2回だけ頑張る」

この他にも、青年はたくさんの思い出深い目標を成し遂げてきた。もちろん、目標をくれた全ての人々を覚えているという。

・あと少しで 『ユリシーズ』 を読み終わる

実はまだ、青年は『ユリシーズ』を読破できていない。諦めたのではなく、14年間という長い年月をかけて、コツコツと読み進めてきたのだ。残りは30ページ。目標は終わりに近づきつつあるが、彼女が与えてくれたものは、今後も人生を豊かに彩り続けてくれると彼は確信している。

・後日談

……と、青年がネット上で語ったところ、大反響が巻き起こった。すると、ネットユーザーの1人がアマンダの知り合いだと名乗り出たのである! その後、トントン拍子で物事は進み、青年とアマンダは14年ぶりに再会することに。なんというネットパワー。もちろん、彼女も約束を守っており、部屋いっぱいの群集の前でアカペラを披露したということだ。

参照元:Reddit [1][2] (英語)
執筆:小千谷サチ
Photo:Rocketnews24