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京都市左京区、叡山電鉄の八瀬比叡山口駅に、ちょっと変わった漬物屋さんがあります。そのお店はアルバイトを募集しているのですが、夢のような労働条件を提示しているのです。

・職種:座ってるだけ
お店に掲示している募集要項には次のように書かれています。「職種:座ってるだけ 出勤時間:自由 備考:昼寝付」、これで時給1000円以上というから本当に夢のアルバイト! しかも送迎付きというからVIP待遇です。しかしなぜか「元気のない方」を募集しています。ええっ? 元気のない方? どういうことでしょうか?

・アルバイト募集内容
職種 座っているだけ
年齢 80歳以上
備考 元気のない方
備考 昼寝つき
時給 1000円以上

・本当に駅があるのか?
お店は比叡山のふもとにあります。八瀬比叡山口駅は高野川のすぐそばにあり、周りを木々で囲まれているため、少し離れると駅舎はすぐに見えなくなってしまいます。しかも無人駅でひっそりと静まり返っています。記者(私)は最寄のバス停から徒歩で駅にたどり着いたのですが、「本当にここに駅があるのか?」と戸惑いました。

・しば漬け専科「又寅」
比叡山観光の盛りは紅葉の時期。京都だけでなく、関西方面から観光客が紅葉狩りに訪れます。6月はオフシーズンで人影もまばら。近所の人がわずかに行き交う程度で、川のせせらぎ以外に聞こえる音はありません。そこにしば漬け専門店の「又寅」(またとら)があります。

・なんですかこれは?
お店を覗くと、お店番をしている女性が「よかったらなかに入りませんか?」と声をかけてくれました。店先には例のアルバイト募集の張り紙があり、なかにもこれに負けないような奇妙な言葉が掲示してありました。「営業時間 定休日 その時の気分」、「行きは味見で買うのは帰り」、「井戸端会議場」など。そのほかにかすりの着物と手ぬぐいを頭に巻いたマネキンが三体。なんですかこれは? と尋ねずにはいられないのです。

・店主登場
しばらくすると、やや強面でがっしりとした男性がやってきました。この男性はお店の店主田辺孝之さん。先ほどの女性は田辺さんのお姉さんだそうです。記者は夢のようなアルバイト募集について「なぜあのような条件を出されてるのですか?」と尋ねました。そうしたところ、あの条件にはきちんとした理由があることがわかりました。

・夢のような条件でアルバイト募集してる理由
1.なぜ募集条件が80歳以上、身長150センチ以下なのか?
「かすりの着物を着て頭に手ぬぐいを巻いて、大原女(おはらめ)の格好で看板娘になってもらいたいんです。大原女の格好は若い人では板につかないんで、80歳以上の方がいいんです。身長があまり高いと着物は見立てが悪くなります。だから身長150センチ以下という条件をつけてます。店先で座ってもらうだけで、観光客の皆さんが声をかけてくださるんですよ。郷土の衣装を着たおばあちゃんの姿って雰囲気があるじゃないですか。全国から足を運ばれる人の旅の思い出になると思ってます」

2.なぜ元気のない人が条件なのか?
「あんまりハキハキとしてて、いかにも『漬物売るぞ』って人がいる店には、自然に足が向かないでしょう。それよりも、衣装を着たおばあちゃんが店先に座ってら、『こんにちは』の一言でも声をかけたくなります。そのおばあちゃんに『どっから来よったん?』とか聞かれたら心も和みますよ」

3.なぜ座ってるだけなのに高待遇なのか?
「おばあちゃんにとっては、座ってるだけでも大変なんです。決して楽なことではないですよ。だから昼寝スペースも用意してるんで、自由に横になってもらって構わないです。電車で通ってもらうわけにもいかないから、送迎付きです」(以上、田辺さんのお話の要約)

・大原女とは
なるほど、お店にとってふさわしい人材を考えた結果、このような条件になったようです。ちなみに大原女とは、大原(京都市左京区)から京の街に薪や柴、炭などを売り歩いた行商の女性のことです。

・バイト募集は3年前から
実はアルバイト募集は3年前から行っており、2012年までは田辺さんの母親玉子さんが看板娘を務めていました。田辺さんは、2~3人のおばあちゃんに交代で店先に座ってもらいたかったそうです。冬季のケーブルカーの運休にともない、お店も冬休暇に入ったのですが、そのときに玉子さんは体調を崩してしまったそうです。

・おばあちゃん元気?
玉子さんは翌1月に入院し、4月に89歳で他界されました。店先では時々、テレビ取材を受けたときの映像を流しているそうです。その映像には、看板娘として活躍していたときの玉子さんの姿も映っています。映像を見ると母親の思い出がよみがえるため、まだ映像を見ることができないと、いくぶん寂しそうに話してくれました。また観光客に「おばあちゃん元気?」と尋ねられると、言葉に窮してしまうこともあるそうです。

・多くの人に愛された看板娘
大原女の姿で多くの人に愛された初代看板娘の玉子さん。そのあとを継ぐにふさわしい人が見つかることを願います。そして又寅の看板娘として、この地を訪れた人の心に多くのことを残していってもらいたいと思います。

・しば漬けがめちゃめちゃウマイ!
ちなみに又寅では、しば漬けしか販売していません。しかも他店での取り扱いを行っていないので、ここでしか買えない逸品です。実際に食べてみましたが、めちゃくちゃウマイです! 赤紫蘇の色合いが鮮やかでとても美しく、食べると口のなかから唾液があふれ出してきます。

・元気が出てくるから不思議です
どんなにおなかがいっぱいでも、このしば漬けを食べるとご飯が食べたくなって仕方なくなります。またちょっと体力が衰えているときに食べると、元気が出てくるから不思議です。比叡山を訪れる予定の方は、絶対に購入した方が良いですよ。ほかでは売っていませんからね!

・今回ご紹介した飲食店の詳細データ
店名: 志ば漬専科 又寅
住所: 京都府京都市左京区八瀬野瀬町113
時間: その時の気分
休日: その時の気分

Report:ほぼ津田さん(佐藤)
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▼お店は八瀬比叡山口駅のすぐそばにあります。ほかにお店はありませんmatatora2
▼志ば漬専科「又寅」matatora3
▼「行きは味見で買うのは帰り」matatora4
▼あった! アルバイト募集の張り紙matatora1
▼取り扱ってる漬物はしば漬けだけ。250グラム入り(500円)と1キロ入り(1500円)の二種類しかありませんmatatora5
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▼大原女(おはらめ)の衣装をまとったマネキン。その昔、大原女はこの格好で行商していましたmatatora8
▼ここがお昼寝スペース。現在は2体のマネキンがくつろいでいますmatatora9
▼冬場はこの火鉢で暖をとるそうですmatatora10
▼営業時間、定休日は「その時の気分」matatora11
▼「元祖大原女」matatora12
▼初代看板娘の玉子さんmatatora13
▼農業を営んでいた頃の田辺さんのご両親。上の写真は田辺さんの父親の姿matatora14
▼お店のなかにもバイトの張り紙。「出勤時間:自由」matatora16
▼お店の片隅には、丈比べのあとがmatatora17
▼店主の田辺孝之さん。右がお姉さんmatatora18
▼叡山電鉄、八瀬比叡山口駅。オフシーズンはひっそりと静まり返っていますmatatora20
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▼こちらが「又寅」のしば漬け(250グラム500円)matatora22
▼ほど良い酸味と塩辛さで、食べると不思議と元気が出ますmatatora23
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京都府京都市左京区八瀬野瀬町113