熱烈なファンを集めるラーメン屋さんといえば『ラーメン二郎』が有名だ。ラーメン二郎を愛する人は「ジロリアン」とも呼ばれており、独自の注文方法や厳格なルールもあると聞く。なかなか初心者は近寄りがたい雰囲気であるが、一度でも二郎の世界に入ってしまえば、逆に居心地よいのであろう。

かつて秋葉原の駅前に『ラーメンいすず』というラーメン屋があった。メニューは「ラーメン並」と「ラーメン大盛り」の2種類のみで、席も厨房をL字型に囲んだカウンター席のみ。特に独自の注文方法や厳格なルールもなかったが、暗黙の了解的なルールが存在し、それが分かってくると心地よかった。

・行列のできる人気店
基本のルールは簡単である。食券を買って店主に見せる。席についてラーメンを食べる。以上である。だがしかし、『ラーメンいすず』は当時のアキバ戦士、ならびにアキバで働く人たちに愛される人気店であった。当然ながら行列ができる。この時にどう対応するかで、いすず初心者かどうかが分かるのだ。

お店のカウンター席はフル満席。全部で7~8席はあったと記憶している。対してお店のスタッフは基本ふたり。一人は主に皿洗いをし、もう一人は汗だくになりながら鍋の前でラーメンを作る、いわばお店の「大将」であり、いすずの流れを完全に制御する “指揮者” 的な役割をしている。

・大将「そちらは?」
食券を買って列に並んでいると、ふと大将がこちらを見てくる。「そちらは?」という言葉を発するときもある。何が「そちらは?」なのかというと、「並」か「大盛り」かを聞いているのである。この時、いすず通ならば食券をチラリと見せつつ「並!」、「大盛り!」などと大将に伝える。

それを確認した大将は、鍋の中に次々と麺を放り込む。まだお客さんはフル満席だが、「このお客さんはあと何分後に席を立つ」のかを計算しつつ、見切り発車的に麺を茹で始めるのである。大将の計算通りに、お客の誰かが食べ終わる。「ごっそさん!」と言いつつ席を立つ。

その空いた席に、行列の先頭にいる者は問答無用で着席する。「この席はいやだ」なんてワガママは、いすずの世界では通用しない。「恋人同士なので隣に座って食べたい」なんて考えも、いすずの暗黙ルールでは許されない。

・ぬるい水
席に座ると、0.1秒でお水が出てくる。濁ったコップに入った、ぬるいお水が出てくる。その時にぬるい水を入れているのではない。大将の補佐役が作り貯めておいた「コップの水」を大将がテーブルの上に置いてくれるのである。ぬるくなるのも当然だ。だが、そんなことはどうでもいい。

コップ水が出てきた2秒後には、出来立てホカホカのラーメンが出てくるのである。ジャストのタイミングで、着席と同時にラーメンが完成しているのである。たまに大将の時間計算が狂い、並んでいる最中に「あのラーメン、俺のだな……」とラーメン待機するときもあるが、基本的に大将の調理タイミングに狂いはなかった。

・いすずの味とは
いすずのラーメンの味をひとことで言うならば、「醤油&しょうが」である。濃い目の醤油味だが、しょうがの風味が強烈にパンチ。実はひそかにニンニクも入っていたという、元いすずスタッフの証言もあるが、スープから確かに感じるショウガの風味がいすずラーメンの特徴だ。

しょうがを使ったラーメンといえば、新潟ラーメンが思い出されるが、それとはまた違うショウガ味。「東京風しょうが味」と例えるのは雑(ざつ)であろうか。だが、いすずでしか食べたことのない、たとえようのない独特の味であったのだ。

・具もシンプル
具はチャーシューとメンマとネギのみ。チャーシューは超薄切りだが、スープとからむと奇跡的に美味い。また、麺も麺で濃い目のスープがよくからむ。実にシンプルなのに見事な融合。麺、スープ、ネギ、メンマにチャーシュー、すべてマッチしているのである。

「思い出補正」などでは決してない。たしかにいすずのラーメンは激ウマだった。

無我夢中でラーメンを食べる。その最中も、大将は次々と見切り発車でラーメンを作る。誰かが去る。誰かが来る。すぐにラーメンを出して……と、荒ぶる牛を次々とさばく闘牛士のごとく、1秒も無駄にしないウルトラいすず大回転状態が続くのだ。

ラーメンを食べ終えたら長居は無用。なぜなら次なるお客が待っているからである。その人のためのラーメンが、まもなく出来上がろうとしているからである。「ごっそさん」と言って席を立つ。この一連の流れが、実に心地よかったのだ。

・いすずのラーメンは、もう二度と食べられない
だが、残念ながらいすずのラーメンは、もう二度と食べられない。秋葉原再開発のために、2000年ごろに閉店したのである。その後、別の街に移転したが長く営業はしていなかったという。また、「いすずの味」を継承するお店も登場したが、それも長くは続かなかった。

いすずが消えてから10年以上は経過するが、今でもネット上には「●●のラーメンがいすずっぽかった」と、いすずの味を思い出す言葉が書き込まれていることがある。いすずの味は、もう二度と食べられない。だが、それに近い味はあるかもしれない。

ほんの一瞬でも「いすず」を思い出させてくれるだけでいい。さらに、「よくよく味わったらいすずの味とは違ったけど、これはこれで美味かった」なんてラーメンならば一石二鳥だ。そんなラーメンを求め、今日も私は「いすず風味」とウワサされるお店を確かめに行くのであった。

(写真、文=マミヤ狂四郎

▼1998~1999年ごろ、写ルンですで撮影


▼1992年頃の完全なオタクのマミヤさん

日本, 東京都千代田区神田佐久間町1丁目6−1