人は誰しも、自らの外見を気にする。度合いの違いはあっても、自分がどのような姿をしているのか、確認し把握しておきたいものだ。女性であれば特にその気持ちが強いはず。新しい服に袖を通す度、お化粧をする度に、鏡を見てその良し悪しをたしかめるはず。

そんな生活を一年間にわたって放棄した女性がいる。社会学を学ぶクジャスティン・グライズさんは、徹底して鏡を見ることを止めてしまった。その結果、彼女が得たものは、人生をより良く生きていく知恵だったのである。彼女の「外見にとらわれない生き方」について、お伝えしたいと思う。

もともと外見について自信を持っていなかった彼女は10代のときに摂食障害をわずらってしまった。ふくよかな体つきをしていた彼女は、ダイエットをするために極度の食事制限にチャレンジしていたのである。むしろ太ることに、異常なまでの嫌悪感を抱いていたために、体脂肪が欠乏し骨の密度に悪影響があらわれた。さらに、カルシウム不足から腎結石になってしまったのだ。

長期間の治療の結果、なんとか摂食障害を克服。それと同時に、外見に悩む女性を救済するプログラムに参加するようになった。そこで鏡を見ない生活習慣について学んだのである。

ところが、その彼女を再び悩ませる出来事が起きようとしていた。それは結婚式だ。フィアンセとの結婚を控えた彼女は、ウェディングドレスの試着をするたびに、また自らの外見が気になり出した。より美しく見せたいというのは、女性であれば誰もが思うこと。増して花嫁となれば、その気持ちがさらに強くなるのも無理はない。「また摂食障害になっても構わない」、そう思いはじめた頃に転機は訪れる。

幸運にも『ヴィーナスの誕生』という、イタリアの修道女の生活をつづった書籍に出会ったのだ。そこには彼女にとって、思いもよらない内容が書かれていた。

「彼女たち(修道女)は、一生涯鏡を見なかった。同じ環境で生活する者同士、他人の裸を見ることが禁じられており、また自分自身の裸を注視することを禁じられていた」

この言葉に感銘を受けた彼女は、それからの一年間、鏡を見ない生活を送ることを決意したのである。とはいえ、修道女たちの時代と現代では生活様式がまったく異なる。それでも彼女の鏡なし生活は徹底していた。

バスの鏡を処分したため、入浴中は鏡を見ることはない。歯磨きも見ないまま行った。女性であるためにお化粧の必要があったのだが、一カ月後で手触りで化粧を施すことに成功する。

しばらく生活するうちに彼女は、それまでの暮らしでは得られなかったものが得られることに気がついた。ひとつは周りとの良好な関係だ。たとえば服を選ぶにしても、自分に合っているかどうか確認できない。そこで友人や家族に「これどうかな?」や「似合ってる?」と尋ねる機会が飛躍的に増えた。これまで自分に似合うものを選んでいた彼女は、人に「似合う」といわれるものを着るようになったのだ。つまり、人が喜ぶ服装を自然と選べるようになったのだ。

そしてもうひとつ、あらゆる物事に集中することができるようになった。外見に気をとられていたすべての時間が、考えて行動する時間に変わったのだ。外見はそれほど大きな問題にはならない。そう思うようになってから、彼女の生活そのものが軽やかになり始めた。

そうして迎えた結婚式の日、その日を彼女は「鏡のない生活を始めてから、一番簡単な一日だった」と振り返っている。なぜなら……、

「式でどう見られるかなんて、本当の問題じゃなかった。私は本当に考えるべき、結婚の意味に集中することができたのよ。だって結婚式って、人生に対する愛情を手に入れるためのものでしょ。そのことだけを考える一日だった」

奇しくもこの日、彼女はフィアンセのマイケルと「I ’ll be your mirror」(私はあなたの鏡になりたい)という曲に合わせて踊ったそうだ。

2012年3月12日、鏡なしでの生活は一年を迎えた。友人と家族に囲まれて、一年ぶりに鏡をみた彼女は、自分の笑顔を見て嬉しくなったそうだ。特異な日々を終えた彼女は、これらの日々を通して「見ること」よりも「感じること」の大切さを学んだと振り返っている。そして「私たちが見ているものよりも、もっともっと多くのものを世界は提供してくれています」と語り、視野が広がったと感じているようである。

参照元:ODDITYCENTRAL