金正日総書記の死が報じられたあの日、遙か遠いプノンペンにいる私もまた、なんだか落ち着かずにいた。

90年代は市内三流ホテルの食堂でスムニダ、ハムニダとつぶやく顔色の悪い男女の集団がキムチと白飯だけをかっくらい、恰幅のいい男からそれぞれ米ドルの札束を受け取るや、街中に散ってゆく……そんな謎の風景を拝むこともできた。

カンボジアは北朝鮮の数少ない友好国である。市内のど真ん中には北朝鮮大使館が鎮座し、政府直営とされる美人踊り子が隠し芸を披露することで有名な通称「喜び組レストラン」がプノンペンだけで二軒──。

そしてXデー。私は市内の北朝鮮直営レストランへ急行したのであります。

泥酔した韓国人団体客をはじめ、「喜び組」目当ての車でいつも満車な駐車スペースはガラガラのスカスカ。電飾は消され、重厚な木製の門扉はぴったり閉じられていた。半ば予想はしていたものの、とりあえず写真を一枚パチリ。

門扉に歩み寄ると、そこには謎の筆文字ハングルの貼り紙。ハングルのみで意味はわからなかったが、ついでにパチリ。

もしかして従業員一同、中で号泣しつつ追腹切り合ってたりして……。妄想力に突き動かされ、恐る恐る門扉に耳をくっつけてみると、コッカッコッカッ……と早足で接近する足音が。思わず背筋が凍りついたが後の祭り。突然、グガッ!と門扉が開き、懐中電灯を握ったカンボジア人の男が飛び出してきた。

「クローズ! クローズ! クローズ!」

ひたすら連呼する男。オーケーオーケー、わかったから落ち着いて! 精一杯の作り笑顔で後退りしながら、返す刀で1キロ程離れたもう一軒の直営レストランも視察。こちらも同じ文句の貼り紙が風にたなびき、中は真っ暗だった。

帰宅後、朝鮮語のできる知人に貼り紙の画像を送付すると「本日は奉仕いたしません」というあっさりした訳文が戻ってきた。北風の言い方で「本日休業」という意味なのだそうな。

総書記死去の報が流れて一週間近く経った今も、直営レストランの門扉は閉じられたまま。外貨稼ぎをさぼって大丈夫なの? 疑問は尽きないが、生暖かく見守りたいと思う。
(取材・文=クーロン黒沢

▼総書記死去前の賑わう店内、歌と踊りで極楽極楽!

▼ドヨォォォン! 死去当日。写真撮ってたら中から人が……

▼重々しい書体の「本日は奉仕(営業)いたしません」ポスター

▼ライバル店(?)の大同江レストランももぬけの殻でした