「このなかに編み物をしてみたいという人はいますか?」

2009年後半のこと、リン・ズウェリングさん(67歳)が仮釈放を控えた囚人600人を前で言った言葉は、大変奇妙なものだった。当然ながら、囚人たちから「編み物をやってみたい」と名乗りでるものはなく、むしろ『ばあさん、何を言ってやがんだ?』と怪訝に感じたかもしれない。

ところが2年を月日を経た後には、リンばあさんのレッスンを欠かさず出席するものが続出。なかには、夕食さえも抜いて編み物に打ち込むものさえあらわれたのである。リンさんは彼らが編み物に打ち込んでいる姿を見て、「まるで聖者のようにさえ見えます」と話している。

これはたった一人のおばあさんが、編み物を通して刑務所に革命をもたらしたお話である。

18年間、自動車販売の仕事に携わったリンさんがリタイヤしたのは2005年のことだ。自らの情熱を傾ける先として思いついたのが、編み物教室だった。最初は誰も来ることはなかったそうなのだが、もともと人に教えることに長けていた彼女。噂が噂を呼んで、現在500人の生徒を持つに至った。

彼女はある日、編み物に集中している生徒たちを見て、驚くべき発見をした。それは生徒たちの姿に、「禅」の境地を見たのである。大勢の人が編み棒を操り自らの作品づくりに集中している姿に、平和と安らぎを感じたのだ。

「もしも今までに、編み物を経験したことのない人たちにチャレンジしてもらったら、どのような心持ちになるのかしら?」

そして彼女は、経験したことがないと思う男性たちのいる場所へと行った。それがメリーランド州のジェサップ刑務所である。しかしながら、彼女が思い立ってから塀の向こう側へ行くのには、随分と時間がかかった。というのも、刑務所は囚人たちに編み棒を持たせることで、何か問題が起きるのではないかと考えたからだ。増して、編み物をやろうと思う者はいないはずだと。結局、刑務所で実際に教室を開くまでに5年の月日がかかったそうだ。

だが、彼女は長らく刑務所側を説得し、ようやく囚人たちの面前に立つことができたのである。

教室をはじめたばかりの頃は、囚人たちのほとんどが興味を示さなかった。ところが、週1回の教室を重ねるうちに彼らのなかに変化が見られた。実のところ、刑務所では集団生活を送っているためか、囚人たちが何かに没頭する機会が少なかった。編み物をしている時間、彼らは日常のあらゆることを忘れて集中することができたのである。

またリンさんの発案で、家庭内暴力で家を追われた子どもたちのために、人形を作ることを取り入れた。そうしたところ、同じような経験を持った囚人は、ことのほか心を込めて人形を作った。都市部の小学生のために帽子を作って送ったりもしたそうだ。

リンさんによれば「彼らは体中タトゥーに覆われていて、とても怖いルックスをしています。なかには歯がないという者もいます。でも、気持ちまで乱暴という訳ではありません。彼らは丹念に、そして満足してニットを編んでいます」と、囚人たちの様子を語っている。

刑務所の関係者によれば、積極的に編み物に取り組む囚人は、問題行動をほとんど起こさないという。そして、彼らが語る言葉が以前よりも前向きになり、教室が終わった後にとても満足そうにしていることを確認しているそうだ。

そうは言っても、最初は誰も編み物を始めることを拒む。この刑務所に4年間服役していたリッチー・ホートンさん(38歳)も例外ではなかった。「最初は自分も拒んでいました。しかし編み物を始めてわかったことは、そこには本当の人との会話があったんです」。彼によれば、刑務所内は現実の世界と、自分自身が切り離されているために、自分が何をしているのかさえもわからなくなってしまうそうだ。「リンさんたちと話をすることで、自分も人間として接してもらってる実感を持つことができる。彼女たちは自分の母親みたいだ」と、教室に参加する意義を語っている。

囚人たちは編み物を指導してくれる女性たち(50~60代のリンさんの教室の生徒)に彼ら自身のことを話し、また夢を話すそうだ。時には嘘をつくこともある。というのも、囚人たちは過去の罪のすべてを明かすことを拒むこともあるからだ。だが、自分を偽る気持ちが編み物にも現れるため、最終的に「自分を偽ることはできない」とリンさんは諭している。

ホートンさんは2010年12月に刑務所を出て、現在は建設業に従事している。刑務所を出た後もリンさんたちとは親しくしており、現在はビーズの編み物に凝っているそうだ。リンさんは編み物に没頭する囚人たちの姿を、「彼らは普通の人ではありません、聖者のようにさえ見えます」と、表現している。

参照元:GOOD NEWS(英語)

▼ 編み物に没頭するホートンさん