以前、鉛筆で写真のようなクオリティの絵を描くことのできる女性についてお伝えした。18歳の彼女はたった2年キャリアで、カメラで撮影したような鉛筆画を描くことができたのだが、それと逆の発想で写真を撮るカメラマンが中国に存在した。ドン・ホンオアイ氏が撮影した写真は、どう見ても山水画にしか見えないのだ。彼は台湾で有名な写真家に師事し、その技術を習得したという。

ドン氏は1929年、中国広東省に24人兄弟の末っ子として生まれた。両親は彼が7歳とときに亡くなり、ベトナムの中国人街へ移民として移り住む。そこで彼は中国人の営む撮影スタジオで働くことになり、写真の基礎を学ぶ。21歳のときに働きながら、ベトナム国立芸術大学に通うようになったのだ。

1979年、50歳のときのこと、ベトナムと中国は国境で戦争状態となり、中国移民は弾圧を受けた。これ以上、ベトナムには留まれないと考えたドン氏はボートでアメリカ・サンフランシスコへと亡命。英語も話せず、誰一人とし知らない環境にありながらも、彼はなんとか自分の暗室を持つに至る。

そこで写真を撮りながら、その写真を路上で売ることで生計を立て、なんとか中国とアメリカを行き来するだけの収入を得るようになった。そんなときに台湾の有名な写真家ロン・チンサン氏と出会ったのだ。ロン氏はこれまでに見てきたものとは、まったく異なる手法で作品を仕上げており、彼は衝撃を受けた。そしてロン氏に師事し、その技術を学ぶこととなったのである。

彼は学んだ技術にさらに磨きをかけて、自らのアイディアを持ち込んで作品つくりに専念した。その甲斐あって、1990年代に入ると路上で写真を売り歩く必要がなくなった。彼の写真にほれ込んだエージェントが美術館や美術コレクターに彼の作品を売り込むようになり、アメリカのギャラリーはもとより、ヨーロッパ・アジアでも買い手がつくほどになったのだ。

2004年、彼は75歳で人生の幕を閉じた。幼くしてベトナムに移り住み、後に言葉も通じないアメリカに渡った彼は、カメラマンとしての人生を通して多くの財産を遺すに至ったのだ。

彼の遺した写真は、彼がずっと思い焦がれた中国の景色の美を写し出しているようだ。

参照元:ODDITYCENTRAL(英語)