中国の高速鉄道(以下高鉄)の大躍進に中国が沸いたのも束の間、去る7月23日、多数の死傷者を出す脱線事故発生に中国のみならず世界が驚いた。

その上、事故の原因が明らかにされないまま、事故車両は埋められ、事故から2日後の25日に運転が再開されたとのニュースに再度世界は驚かされることになった。

事故の原因は中国はしきりと「自然災害」であると強調しているが、台湾メディアは人災の疑いが濃厚であると報じている。

中国の高鉄事業の大躍進が始まったのは2003年。劉志軍氏が鉄道行政を管轄する鉄道部部長に就任して以降のことだ(同氏は2011年2月に解任)。翌年の2004年には、2020年までに営業路線距離を10万キロにまで拡大させるという計画まで出されている。10万キロと言えば単純計算して地球を2周半できる距離である。劉氏には任期中に何が何でも世界一のものを作るという念頭があったようだ。

このような壮大な計画のもと、2007年の世界金融危機の際は政府が経済政策として4兆元(48兆円)もの予算をつけ当初の計画はさらに拡大。また、鉄道部が高鉄事業に対し相当の権限を持っているにも関わらず、経済的損失については責任を負う必要がないことも同事業の推進を加速させた。

鉄道部・元副技術長の周氏によると、鉄道部は営業開始を急ぎスピードを追求するあまり安全性を軽視していたという。実はいくつかの車両には故障が見られ、また線路にも不具合があったが、どれも隠蔽されたとのことだ。

このような体質はハード面だけでなくソフト面にも影響を及ぼした。

例えば、運転手の養成。日本と同じく中国高鉄に技術協力をしたドイツでは運転手の訓練に3カ月かけるところ、中国はそれをたったの10日間で詰め込んだという。ドイツの専門家は「10日でマスターできるわけがない、問題なく運行することは不可能だ」としている。

上記の報道が真実だとすれば、脱線事故は起こるべくして起こった、まさに人災であると言えよう。

権限だけあって、責任はない。このような体制下では、往々にして事業の本当の意味での成功より政治的功績に目が向けられがちである。これが安全性の軽視につながり、結果尊い人命が失われるという事態に発展したと考えられる。世界一を目指すなら、距離や速度ではなく安全性を追求してこそ、事業の成功と言えるのではないだろうか。

参照元:聯合新聞(中国語)