その日の早朝、台湾の桃園国際空港でプノンペン行きの中華航空機に搭乗した。この便はアメリカに移住したカンボジア人が里帰りに使うことで有名。参考までに皆さん、アメリカで溜め込んだストレスで爆発寸前だ。

席に座ると、真横でなにやら言い争う声がする。あき竹城を彷彿とさせるガッチリ型のCA(キャビンアテンダント)と、全盛期のダンプ松本風グラサンに迷彩テンガロンハット、迷彩シャツという、もはや悪役女子レスラーにしか見えない完全武装のババアが、荷物を座席の下に置く、置かないで激しく罵り合っていた。

一歩も退かないダンプにブチ切れたあき竹城が業を煮やし、他のクルーを呼びに走ったその時であった。何を思ったのか、CAの背中に向かって、ダンプがこう叫んだのだ。「マザー○ァッカー!」と……

瞬間、機内の空気が凍りついた──。あき竹城が金切り声で怒鳴り返し、機内は騒然! 数分後、駆けつけたパーサーのおっさんは口調こそ紳士的だが、瞳には冷たい光が宿っていた。

「あなた、彼女に何て言いました。え、何て言いました!?」
「パスポートを見せなさい! あなた、ドラッグをやっていますか? やってますね!?」

搭乗ゲートにウィスキーの小瓶片手に現れ、テロリストさながらの全身迷彩ルックで「○ァック、○ァーック!」とつぶやいていたダンプは、私も密かに要注意人物としてマークしていたが、ここまでやらかしてくれるとは──。

25年前にカンボジアを脱出し、辛い思いをしながらアメリカ国籍を取得。晴れて里帰りに向かう途中だったというダンプ。事情を聞いたパーサーがやれやれといった感じで、

「今回だけは許しましょう。そのかわり、乗客の皆さんに謝罪してください」

助け舟を出すも、トラウマ全開のダンプは「キーーッ! 絶対いやよ。お断り!」と絶叫。

直後、我々の飛行機は滑走路をUターン。20分後、うんざりする乗客の注目を浴びながら拳銃ぶらさげた警官が登場。押し問答の後、警官に腕を掴まれ、泣き喚きながらつまみ出されてしまうダンプ……。

これで出発と思いきや、ダンプが機内預けしたスーツケースを探し出すのに30分あまり費やし、飛行機はようやく飛び立った。

ダンプ当人には殺意すら感じた私だが、プノンペンの空港で何も知らず、ダンプの到着を待つ親兄弟には同情を禁じ得ない。酒はほどほどに。
(取材・文=クーロン黒沢