韓国に興味がある日本人からよく質問を受けるのが「韓国の反日感情」についてである。韓国を少し知ったつもりになっている人ほど「韓国は日本を嫌っている」と言う。結論から言うとこれは完全に誤解だ。反日感情というのはそもそも、日本や日本人に対するものではないからだ。

1945年、日本の敗戦と共に日本から解放された韓国は混乱していた。韓国を植民地支配していた日本が撤退したためだ。これからは韓国自ら韓国を仕切っていかなければならない。しかし開国が遅かったのもあり、国内人材は乏しかった。留学帰りの知識人や各種自治体が奮闘したが、首脳陣ががらんどうの一国を再建するには人手が足りなかった。結局、植民地時代に官僚や公務員をやっていた「親日派」の力を借りることになる。

植民地時代に築き上げた人脈と財産を持っていた彼らが登用されたのは、少なくとも政治的な観点からすると、合理的で妥当な判断だったかもしれない。しかし近代化の波に乗り遅れた多くの一般市民はこれに納得しなかった。日本から解放され、ようやく自分たちの時代が来ると期待していたのに、同じ人が首脳部に居座り続け、結局何も変わらない。これでは面白くないわけだ。

この「親日派」に対する不満はやがて日本そのものに対する感情に変化していき、それが反日感情に成長していった。近代化と植民地、日本と親日派、そしてそんな「激動の時代」に振り回された韓国。反日感情はこれらがすべてごちゃ混ぜになったトラウマのようなものなのだ。

日韓関係は長年、この形がはっきりしないトラウマに苦しめられてきた。韓国もなぜ日本に反感を持っているのか上手く説明できず、日本は日本で韓国の反日感情を論破しようとしてきた。これでは当然、平行線のままだ。お互い、精神的外傷を史実や論理で説明しようとするから問題になるのだ。

時代の流れと共に、反日感情というトラウマはだいぶ薄れてきた。乗り越えたわけではないにしろ、トラウマを引き継ぐ世代が終わりを迎え、歴史を客観的に直視できるようになってきている。今の若者は時代をもっといい方向に進めてくれている。

近年、韓国と日本はこれまでになく物や文化の交流が進み、戦後で最もお互いのことを知っているといえるだろう。日本の韓流ブームはもちろんだが、韓国でも日本の音楽が若者の集うレストランで日常的に流れ、日本食が流行し、駅構内の大型広告では木村拓哉のギャツビーに出会える。外国語を教える学校では、英語の次に日本語が人気で、実際片言以上の日本語を話せる韓国人は非常に多い。

歴史による心の傷は、同じ時代を生きていない我々が理解するにはあまりにも複雑で、時間だけがすべてを解決に導く。今の日韓関係がその証拠だ。(文:具 滋宣)

寄稿:Pouch

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【具 滋宣(Shigenobu Gu)のプロフィール】
ソウル生まれ筑波育ちの編集ライター。早稲田大学商学部卒。日本の出版社勤務を経てフリーに。元韓国諜報部隊研究員やロックミュージシャンという異色の経歴を持つ。現在は日本と韓国で2つの株式会社の代表を務める。